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24.断罪卿には覚えがない

くぅ〜疲。まあまだ書こうと思ってる話があるんですが。

 長い長い、そして面倒事ばかりの監査が漸く終わった。

 イルゼカインは夏の離宮からの撤収作業を完璧に終わらせ、各部署へのお礼行脚を行い、今回の諸問題に関する今後の対策を大臣たちに丸投げし、先に王都の邸宅へと戻っていたアスカロン、ダイン、そしてリリーベルに合流した。

 彼女たちは、辺境に戻るのを一週間ほど先延ばしにして短い休息期間を設けることにした。



 イルゼカインは休息の初日が半分以上終わった頃に、ふと思い出した。養い子たちが王宮を辞する時、ルミナントも一緒に連れ帰ったはずだと。

 自分の目の前で楽しそうに三時のお茶の支度をしている義娘に、そんなことを思い出した彼女は訊ねた。屋敷の中で完全に寛ぐ格好でいるイルゼカインはガウンをボタンシャツの上から被っているだけで、リリーベルも締め付けのないワンピース姿だった。

「リリーベル、フィアベルは何処へやったんだ? 一緒に連れて帰っただろう?」

 茶葉を吟味していたリリーベルは「地下です。アレ、鳴き声が大きくって」と苦笑した。傍に居る侍女役たちも困ったように互いの顔を見合わせていた。

 副官のゲアハルトはアスカロンとダインに稽古を付けているので不在であるため、それがどんな感情に由来しているのか、イルゼカインには分からなかった。

「リリーベル、どうして、フィアベルを欲しがったんだ?」

 いまいち考えても分からないので、イルゼカインは素直に聞く。国王夫妻へ願い出た時は別に気にならなかったし、他者の思考を読むことができるゲアハルトも、普段は「虫ケラの思考なんぞ読んでも仕方が無い」という態度なので、あの場で義娘が何を思っていたのかは知らされていない。

 てっきり気持ちが残っているのだと夫妻は思い、監査官は微塵も気にしなかったのだが、地下に放り込んだと聞けば流石に気になる。

 一番香りが強い茶葉を選んだ義娘は丁寧に茶を淹れながら微笑んだ。

「どうすれば、頭の悪くなったアレでも死にたくなるような苦痛を与えられるか考えたんです。それで思い付いたんです。私の実験に付き合って頂こうって」

「………………………………そうなのか」

「はい。人間の身体の、とても繊細な部分の話になるのですが……私は、女性側が原因の不妊を可能な限り減らしたいと常々思っていました」

 茶葉を蒸らす短い時間で、リリーベルは自分の夢を語った。

「とても自己的な願望に由来するのでお話しするのは少し恥ずかしいのですけれど。でもきっと、この技術が確立すれば子供を切望する家庭の希望になると思うんです」

「そうか。確かに、技術で不妊が解決すれば、それはいいことだと思うよ…………ん? なんでフィアベルが苦痛を与えられることになるんだ?」

「フィアベルが妊娠・出産を行うからです」

 義娘が尊敬する義母に茶を注ぐ。冷ますためにそのまま湯気の立つカップを見守るイルゼカインは「なんかちょっとよくわかんないな」と思った。リリーベルが楽しそうなのでとりあえず「なるほど」と頷いておいた。

「彼は男性だが、どうやって妊娠させるんだ?」

「魔物の中で人間に卵を産み付ける寄生蜂がいますよね? 改良して、体外受精させた人間の卵子を持った卵を産み付けるようにしました。人体で試す前段階までは進んでいたんですが、なかなか丁度良い被検体が見つからなくて……だからフィアベルが手に入って本当に良かった! ありがとうございます、お義母様!」

 満面の笑みのリリーベルは「私、絶対に痛い思いなんかしたくなかったから」と言って自分のカップに注いだ茶を楽しむ。

「そろそろお茶が冷めた頃ですよ、お義母様」

「うん、ありがとう」

 元王太子は産みの苦しみを何度味わう羽目になるのか分からないが、イルゼカインにはどうでも良かったのですぐに忘れた。



 休息の四日目。イルゼカインは養子たちや副官と共に舞台を観劇した。セイル大公メアベル・アステリトス・セイル・ユストピアから改めて「ディグレンゼへ戻られる前に、如何でしょう?」と観劇の誘いがあったからだった。

 一家は貴賓席に案内され、アステリトスと共に支配人と座長の挨拶を受けた。着飾る貴公子たちと淑女の中に、一人だけ文官の正装に身を包むイルゼカインは浮いていたが、流石に支配人と座長は弁えていて丁寧に挨拶する。仮面の恐ろしい断罪卿を知らぬ者など、王都の何処にもいない。

 その二人が退座して少しの後、場内は暗くなり幕が開いた。

 喜劇が繰り広げられる舞台を観ながら、アステリトスとリリーベルは終始和やかに会話していて、彼女の義兄たちも彼との話が弾んでいた。

 その様子を脇目で眺めていた義母は隣に座る副官へと小声で話し掛けた。

「リリーベルはセイル大公を気に入ったのかな?」

 舞台上で繰り広げられる愉快な遣り取りをどうでも良さそうに見ていたゲアハルトは、どうでも良さそうに「かもなぁ」と返した。

「あのガキ、公国の始末が付いた後は代王になるんだろ? アイツとくっ付いたらリリーベルは王族入りの流れにまた乗ることになるな」

「代王の件は内々定も良いところだが。あれもディグレンゼの春祭に毎年参加しているし、今回の礼として大公を招待してみようか」

「なんにせよ、先代と相談してからだな」

 二人がその結論に至るのと同時に、舞台は大団円を迎える。喝采が劇場に響く。イルゼカインは養い子たちが拍手しているのを見て、自分も同じように手を叩いた。

 仲睦まじい夫婦のように身を寄せ合う監査官と副官を視界の隅に捉えていたアステリトスは、自分の左手側に座るリリーベルに抑えた声量で言った。

「監査官殿と副官は、随分と親密な仲のなのですね?」

 彼の言葉に義娘は大したことではないように舞台から視線を外さず頷く。

「ええ、ゲアハルトは当代の夫なので」

「………………えっ!? 夫!? 御婚姻されていたのですか!?」

 囁き声ながらも驚愕する彼に、その右隣に座っていたアスカロンがつい笑みを漏らした。

「内縁の夫ですよ。ゲアハルトは王国民権がありませんから。本人は国民権を得る気がないし、当代も興味がないので正式な届けは出していませんね。大公殿下がご存知でないのも仕方ありませんよ」

 辺境領主の養い子の説明に、アステリトスは「そうなのですか」と頷いた。そうして、今一度イルゼカインとゲアハルトを盗み見る。恐ろしいほど美しい男と視線がかち合って、慌てて目を逸らした。




 休養期間は瞬く間に過ぎて、イルゼカインとゲアハルトは馬車に揺られていた。

 ディグレンゼ領々主とその副官が乗る大型箱馬車を曳くモーラたちは浮かれた様子で走る。領地に帰れば久し振りに女を与えられる。それも生きた女を。その女は荷台に積まれた長持の中。多少乱暴に走ったところで死にはしないだろう。

 下品な歌を歌いながら走る魔物たちに向かって馭者台の死体は鞭を振るうが意味は無かった。馬車は凄まじい速度で走る。ゲアハルト配下の軽騎兵たちはその後を走る。彼等の馬は、馬と魔物の交配を繰り返して生み出した戦闘用の騎馬種であるが、モーラたちよりはやはり足が遅い。

 行きとは違い、文官の正装ではなくシャツとガウンに身を包んだイルゼカインは馬車の揺れに身を任せていた。仮面は外され、彼女の膝の上に乗せられている。そんな彼女の姿をゲアハルトは静かに見つめている。

 不意に、副官が口を開いた。

「今、王都の屋敷から飛んできたんだが。あの阿呆二人、王都を出ていくってよ」

 それを聞いたイルゼカインは彼が誰のことを言っているのかまるで分からなかった。

「阿呆二人?」

「儀礼厩舎長ロマスク公爵ノアベル・アレルクス・ロマスク・オートピアと、外来種キサラギ・サクラ。今回の件を受けて、ノアベルが自分から言い出したんだと」

 国の式典に用いられる王の馬の世話をするだけの役職である儀礼厩舎長に任じられていた元王族。特別養護教諭であり、同時に学園で保護されている外来種。その二人が王都から自ら出ていくという。

 それを聞いて、イルゼカインは全く興味が無さそうに「へぇ」とだけ返した。相変わらずの感想の無さにゲアハルトは苦笑した。

「長年お前のことを気に病んでたところに、今回の事件がトドメになったって感じだな。二人で南欧方面の国境に行くらしい」

 「お前にとっちゃ、本当にどうでもいいことだろうけどな」と副官は言う。監査官は肩を竦めた。

「しょうがないじゃないか。私には覚えがないのだから」






ひとまず世界観の土台のつもりで書いてた話が終わりましたので、次は過去の話になります。養子の話やらイルゼカインのリハビリやら。応援してクレメンス。

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