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23.彼の将来には希望がない

リリーベル、ヒロイン向きではないんだよなぁ。何故なら性格が悪いので。

 反逆者ニンナ・マイラン・ペンルーの末路はあっさりと決まった。なれば、残っているのは王太子フィアベル・ルミナント・アントピアの処遇である。

 未だ彼の婚約者であるリリーベルは、怯えて床に蹲る王太子から少し離れたところに座っていた。

 彼女の心には奇妙な細波が立っていた。怒りによるものではない。「今、自分は発言すべきなのではないか」という焦りによるものだ。

 義兄たちは落ち着いている。王太子の処分については予め義母から聞いていたのだろう、とリリーベルは推測する。自分を動揺させないための措置なのだろう、とも。それを聞いてしまえば、自分はきっとこの場で異を唱えることなど思い付かないはずだった。

 芋虫のように身悶えしてマイランが唸り声を上げていた。それに監査官が「うるさいなぁ」と呟けば有能な副官が立ち上がり、瞬きの間に移動して女の頭を蹴って気絶させ、黙らせた。

 静かになったところで、イルゼカインは改めて顛末の総浚いを行う。

「逆賊は魅了薬を作り、それを飲食物に混ぜて王太子や側近候補たち、衛兵を含む学園の職員を与えていました。その上で、精神干渉によって意識を操作して寄付金を盗みました」

 彼女の言葉に疑問を呈したのはセイル大公メアベル・アステリトス・セイル・ユストピアだった。

「待ってください。精神干渉は十八年前の事件以降、禁術に指定されているはずです」

 十八年ほど前まで、「他者の意識を失わせて操る」というような高度な精神干渉魔法が学園の講義で扱われていた。しかし今では禁術に指定されていて術名を王国裁判法判例の記載に留める程度となっている。

 精神干渉の魔法はその詳細を知ること自体、三名以上の王宮魔術師から承認を受ける必要がある。誓約書の書面でも精神干渉魔法の使用を禁止することが明記されるようになっていた。アステリトスが指摘したのはその点である。

 そもそも、学園の中に入るにも「学園への立ち入りを許可する。学園への不利益になる行為を禁ずる」という誓約書に署名する必要がある。生徒の誓約には予め侍女と保護者以外の存在を学内に連れ込まない旨が記載されていて、保護者の場合は一日限りの誓約に署名させるか、二十年以内の卒業生であれば入学時の誓約書が効力を発揮する。

 誓約書を交わしていない者が立ち入ることのできる場所は構内の端にある侍女達、従者達の待機室までが限界だ。それ以外の区画に立ち入れば、結界が異変として通報するようになっている。

 アステリトスの指摘は真っ当だったが、惜しいことに「逆賊の女がいつ入学したのか」という情報が抜けていた。

 彼の問いに対して監査官は応えた。

「ニンナ・マイラン・ペンルーは精神干渉が禁術に指定される以前の誓約書に署名しています。二十年以内の署名であれば学園に出入りすることは可能です。"男爵令嬢シーナ・ヨーギ"の署名がある誓約書は、恐らく別の人間に署名させたのではないかと。侍女か、本物のシーナ・ヨーギなのか、定かではありませんが」

 彼に補足事項を伝えたイルゼカインは当事者たちの顔を一度見回して、すべき話へと移った。

「それで、王太子については廃嫡及び断種ということで、宜しいでしょうか?」

 王と王妃は激しい痛みを堪えるように眉を顰め、奥歯を噛み締める。

 二人は息子の過ちを見過ごして欲しいとも、許して欲しいとも言わない。助命も庇いもしない。そうすべきではないことなど分かり切っている。それでもなお、息子の未来を想うと苦悶を感じてしまう。

 親としての自我を封じ込めた二人が口を開く。「それでよい。そうせよ」と、舌を震わせようとした。

「クロエカイン、なにかあるか?」

 唐突にイルゼカインが義娘の名を公の場に相応しい形で呼んだ。副官が飛ばしてきた無言の進言を受けて、リリーベルの願いを聞くためだった。

 名を呼ばれたリリーベルは白皙の美貌に笑みを浮かべ、輝く頬を薄らと上気させて立ち上がった。そしてゆっくりと義母たちの元へと歩み寄る。

 国王夫妻の傍で跪いた彼女は柔らかな唇で言葉を紡いだ。

「国王陛下、妃殿下。発言をお許し下さい。そして、監査官の御裁可に異議を申し立てることについても」

 王はその言葉に「許す。君には多大な迷惑を掛けてしまった」と応えた。王はイルゼカインに視線を向けると、彼女も静かに頷く。

「ありがとうございます。王太子の処遇についてですが、廃嫡に留めては如何でしょうか?」

 面を上げた淑女は家名に相応しい高貴さに満ちていた。

「理由を述べなさい、クロエカイン」

「はい、当代。陛下の御子はフィアベル殿下の他にまだ幼い妹殿下のみです。血統剪定を行った後、直系の第一血統は妹殿下とセイル大公家のみになります。それは今後に不安が残るのではありませんか?」

「……それで?」

「ルミナント殿下は廃嫡に留め、王都から辺境へと移送。そのまま当家預かりのまま、一生を終えて頂くのは如何でしょうか?」

 リリーベルの言葉に、監査官は考え込むフリをする。これが義娘の欲しがっているものだと分かったからだった。

 王へと視線を向けたイルゼカインは改めて裁可を求めた。

「確かに、我が義娘の提案も頷けるかと」

 夫妻は顔を見合わせる。そして拘束された我が子を見る。ルミナントは自分の処遇が変わることを理解しているが、なにもできない顔をしていた。思考能力低下の副作用がある魅了薬を使われた彼は凡人になっていた。

 彼の婚約者であるリリーベルは駄目押しのように、二人に願った。

「陛下、妃殿下。いつか、王家の色を受け継いだ子がお二人に会いに来た時……お会いにならずとも結構です。どうか顔だけは見てやって頂けませんでしょうか? フィアベル殿下の面影があるかどうかを…………」

 リリーベルの繊細な蝋細工のような指が胸の前で組まれて、祈る形になる。王太子妃になるはずだった淑女の願いを聞いて、王と妃は一つの考えに思い至る。彼女は、自分たちの愚かな息子に裏切られてもなお、未だに愛しているのだと。

「………………ああ、クロエカイン嬢。確かに。私たちはその日を楽しみに待っているよ」

「ありがとう、クロエカイン嬢。監査官殿も、寛大なご処置に感謝します」

 夫妻が感極まったように彼女たちに礼を言う。ルミナントは項垂れ、目を閉じて静かにその判断を聞いていた。

 こうして、王太子はリリーベルへと下げ渡された。彼に明るい未来はない。未来永劫。

 なぜなら、リリーベルは彼を愛していないからだ。






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