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外伝 さらば魔法少女たち  作者: ガルバンゾー圭人
第1章

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第5話 蝋梅(ろうばい)

 藤見の自宅に生けてある、蝋梅の最後の花が散る前に、美鈴は大阪から帰ってきた。蝋梅は美鈴にさよならを言うかのように、その日の夜に散った。“七福神巡り“以降、時折怪異が美鈴を襲う様になった。

 美鈴は夜中に痛みに悩まされる様になった。実際に刀で刺されている訳ではなく、そのような痛みに感じる、という意味である。現《げん》に翌朝、鏡で背中を見ると傷ひとつなかった。その痛みは規則性があった。まず、左の肩甲骨に刀を差し込まれたかの様にズキズキとした激しい痛みが出現する。それからその痛みがビリビリとした痛みに変わり、肩甲骨から背骨の神経に沿って、線上に広がるのであった。痛みが治まって目を瞑った頃、また最初の痛みがはじまる。これを朝まで何度も繰り返す。嫌な寒気も同時に感じることがあった。症状が現れた当初は、原因は長旅の疲れなのだと思い、しっかり睡眠を取れば治るだろうと彼女は軽く考えていた。

 だが、そんなに甘いものではなかった。日々、夜中の2時ごろに痛みで彼女は急に目が覚めた。天井は薄暗く、周囲はしんと静まり返っており、壁掛け時計のカチカチとした無機質な音だけが大きく聞こえていた。彼女の視界にはだだっ広い白天井が広がるだけで、物陰は映っていなかった。突然背中に刀をねじ込まれた気がした、あの症状だった。美鈴の脳内に、これまで蓄積された肩の痛みに関する嫌な記憶が、一気に蘇った。そして咄嗟に口にした。「ひいばあちゃん、助けてーーー」



 美鈴の言った、この”ひいばあちゃん”とは、橘家の曽祖母、故橘(たちばな)ヨネを指す。橘家の実家は、藤見地区よりさらに車で山奥に2時間走った下郡(しもごうり)地区にある。そこにヨネは畑仕事をしながら祖父母と共に住んでいた。祖父母は、美鈴の叔父で良平の兄にあたる橘(たちばな)正樹(まさき)と共に、小さいながらも会社を経営しており、そちらに忙しく食事や帰りの際に会話する程度だった。珠紀と美鈴にとって祖父母の思い出よりヨネとの思い出の方が多かった。

 姉妹が実家に行った際、仏壇にいる曽祖父の弘(ひろし)に挨拶した後、すぐにヨネ、良介と共に畑に行き、収穫を手伝った。手伝い、と言っても子どもの手伝いなので大した助力にはならない。芋を掘ったりネギを刈ったりするヨネや良介の傍で、行った季節に実る果実、蜜柑やびわを手でもぎり、それを曽祖母に持っていき、剥き方を教えてもらいながら食した。曽祖母は訛りが強く何を言っているか分からないこともあったが、いつもニコニコ笑っており、おまけにとても物知りだった。曽祖母に草結びや虫相撲を教えてもらったり、珠紀と二人で鬼ごっこをしたり、と縦横無尽に過ごした。軟弱で頭(・)の(・)良(・)い(・)青龍の学生たちに比べ、姉妹が健脚で素直な性格を持っていたのは、下郡地区の壮大な自然と曽祖母の力添えがあったからである。それから、畑から帰ると母百合子に野菜を渡し、台所、すなわち聖域に立つことを許されなかった男衆(おとこしゅう)と甲子園やよしもとを一緒に見た。男衆(おとこしゅう)とは弘、祖父茂(しげる)、正樹、良平の4名である。曽祖母と母の作った混ぜご飯と、素麺の吸い物、じゃが芋の煮しめを食べた。食後は眠たくなり、珠紀と美鈴は曽祖母の側で共に昼寝をした。曽祖母からは微かな樟脳(しょうのう)の匂いと畑の土の香ばしい香りがした。

 美鈴は下郡の実家に行くことを非常に楽しみにしていたが、それも小学校6年生の時に終わりが来た。ヨネが亡くなったのだった。つい昨日、家族4人で、急に体調を崩し入院したヨネの病院へ見舞いに行ってきたばかりのことだった。珠紀と美鈴が別れの挨拶をヨネにした際、ヨネは血色が悪く、骨ばっている、けれども温かい手で小さな二人の手を握り、こう言った。

「来てくれてありがとう。大丈夫だ。何があってもばあちゃんが守ってやる」

美鈴はヨネの言動から何か悪いことがあるのではないか、と子どもながらに不安を感じた。しかしヨネのあまりにも優しい眼差しを見て、何も言わずに頷き、ヨネの手をギュッと握って笑みを返した。珠紀も同様にヨネに笑いかけた。振り返ってみると、あれは間違いなく二人に対するヨネの最後の挨拶だったのだろう。

 橘ヨネと云う人物の凄さを、美鈴はその葬式ではじめて知った。勢揃いした親族たちの話は小さな伝説の様だった。彼女は出征した夫弘に変わり、3人の兄弟を育て家を守った。非常にカンの鋭い人間で、長男の茂(しげる)の会社が倒産した際も、「今からはこっちで商売したらええ」と市街地で起業させ、ターミナル駅の設立に伴い、茂の会社は軌道に乗った。ちなみに茂とはヨネの長男、つまり美鈴の祖父である。また、ある時ヨネは、急に「この土地を買うとええ」と言い始め茂は半信半疑で購入した。その土地は数年後に区画整理で行政に買収された。丁度、弘の入院費用に困っていた時期だった。ヨネはこれらの功績を、決して自分のお陰とは言わず、「神様仏様のお陰。しっかりお祈りして頑張ったからいい道を頂けた」と言った。そんなヨネの謙虚さも家族皆が一目置いていた理由の一つだった。

 


 美鈴は咄嗟(とっさ)にヨネに助けを求めた。美鈴は神や仏と云った超自然的存在をしかと見たことがなかったが、ヨネの小さな伝説からその存在を信じていた。目をぎゅっと瞑(つぶ)り、小さく手を合わせ心の中で強くヨネに祈った。数秒ほどして、美鈴は自分が温かいもので全身が包まれている心地がした。それは勉強中に美鈴が眠ってしまった際、百合子が風邪を引かないように、と肩にブランケットをかけてくれた時のように、自然と美鈴を包み込んでいた。その時の”あたたかさ”は、恐らく体験した人にしかわからないだろう。この私の筆を尽くしても書き尽くすことは難しい。暖房やカイロの外的な温かさではなく、そこに包まれているとじんわりと心が満たされ、心地の良い”あたたかさ”である。これに触れると痛みの恐怖や辛さが心の内側から温もりによって薄らいでゆく。これを”安心感”あるいは”癒し”と表現する人もいる。美鈴はちょっと涙が出るくらいの、心から湧き上がる不思議な”あたたかさ”に浸っていた。それからほんのりと樟脳と土の香りがした。まるで子供の頃のように、ヨネの膝の上に乗っているような感覚にも見舞われた。ヨネの声も聞こえた気がした。「ーーー大丈夫、ばあちゃんが守っちゃる」

 気がつけば左肩の痛みは無くなり、美鈴は安らかな眠りに落ちていた。


お読みいただきありがとうございました。

ノア先生の次回の更新をお待ちください。

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