第4話 邂逅(かいこう)
この“大阪七福神めぐり”は美鈴にとって急な出来事であったため、願い事を決めていなかった。先日行った初詣ですでに家内安全を願っていたため、特に無い。学業は順調で健康である。欲しい物はクリスマスに両親から貰った。どうするべきか。本堂へ着々と近づいている、決めなければ。そこで咄嗟に願ったのは、“自分に合った進路とそれに関する出会いがありますように”だった。七社このお願いで行こう、美鈴は決心した。三人の”七福神めぐり”は、少女たちのお願いに神仏が応えてくれたかのように順調に進んだ。天王寺駅から開始したので、巡る順番は次のようになった。四天王寺布袋堂の布袋尊、今宮戎神社の恵比寿天、大国主神社の大黒天、宝満寺(大乗坊)の毘沙門天、法案寺の弁財天、長久寺の福禄寿、三光神社の寿老人である。
ここで、この小説で神仏の名前に敬称を付けない理由を説明させていただく。端的に云うと、“地の文で敬称を付けると、小説の世界観を壊すから”である。私は第一話で示唆したように、物に宿る記憶を《《読みとり》》、それに付随する人物たちの感情や経験、そして私の持つ知識を補足しながら、“名もなき能力者たち”すなわち巫覡の記録を小説として書き残している。実のことをいうと、主から託された私の使命は別にある。その使命を遂行する為に集めていた神々に関する史料の一つが、阿先生の宿る貔のお守りである。
使命を果たすうちに、これらの史料には多くの記憶があることに気づいた。それは完了した“作業”の検証をするために非常に参考になった。次第に私は神々より使命を与えられし者がどのような人生を送ったのか、個人的興味を持つようになった。それぞれの時代、生活環境、思想の違いを持ちながら、彼らは共通して過酷な使命を背負い、人々の中に隠れ、時には自らの正体を人々に明かし、使命を遂行してきた。中には道半ばで倒れたものや、闇の道へと走った者もいる。如何なる結末を迎えようとも、そこに至るまでに人知れず葛藤があったのだろう。
しかしながら、数多の文献には神々の名前がただ存在するだけで、巫覡の功績はほとんど残っていない。確かに巫覡は神の道具であり、“巫覡が使命を果たす”とは“神々が巫覡を使役し事を成した”という意味である。この小説の目的はあくまでも“巫覡たちの記録を行うこと”であり、“神徳を伝え、読者の信仰を促すもの”ではない。よって神仏への敬称は作者の心の中で付け、地の文には付けないことにした。ちなみに会話文は個人の宗教観が現れるので別である。
話が長くなったので、阿先生が退屈そうにこちらを見ている。作者の自己紹介はまたの機会にさせて頂く。今回は「この小説が個人的興味から作家業へと発展したものだ」ということと、「作者は篤信家だが、小説の”記録係”と云う立場上、神仏への敬称を省略させていただく」ということを、皆様どうかご了承願いたい。
さて、橘美鈴に話を戻そう。彼女たちの“七福神巡り”は前述した通り、スムーズに事が進んだ。しかし、それは“彼女たち”にとっての話である。珠紀と奈穂子はあの世を感知できる能力を一切持っていなかった。美鈴はその類のものを持って生まれた自覚がなく、確かに認識した幾つかの怪異を、長旅による疲れだと思っていた。ここでの怪異は全てが悪い心霊現象を指しているのではない。
一つめの怪異は大国主神社に参拝した時だった。彼女が手を合わせた時、本殿から二柱の神が美鈴をじっと見ていた。一柱は袋を持った神だった。
二つめの怪異は宝満寺から法案寺へ向かう道中のことだった。陽の光が当たらない、家屋と家屋の間のじめじめとした路地から、一匹のそれが美鈴を見つけて彼女の影に飛び移ったのだった。
それは彼女たちが来る前から、人の影を飛び移り、汚く湿っていて誰もが嫌がるような暗い場所を点々としていた。異常な場所を住処とする点からもわかる様に、それは取り付く人間の趣味も悪かった。疲れていたり、不満に思い易かったりする人を見るとそれはすぐに取り憑いた。取り憑いた人間は酷く妬みの感情が増幅し、キレやすくなる。ひどい時には物を投げたり罵詈雑言を浴びせることもあった。多くは憑かれた人間が家族と関わっていた際に発生した。数日前、元々それが取り憑いていた青年はこの路地の近くを歩いていた。だが、青年に取り憑こうとした、髪を振り乱して奇声を上げる、別の存在に追い出された。この負の連鎖しかない、縄張り争いは日常茶飯事であったため、それは平然とこの路地に入り、次の宿主を待っていた。
この残念な偶然により、美鈴はそれに取り憑かれてしまった。彼女はこれまでそれが取り憑いてきた人間の類いではなかった。幸いなことに、橘美鈴は温かい家庭環境や友人に恵まれた為、彼女には思春期の一般的な悩みがあっても事件を起こすような大きな不満はなかった。彼女はどちらかというと、事を荒立てるよりも和を望む人間で、それが面白味を感じない類の人間だった。その証拠に、似た様な家庭環境に育った珠紀にも奈穂子にも目を向けなかった。いや、奈穂子は彼女に目覚めつつあった関西の覇気でそれを追い払っていた可能性もある。珠紀は大阪留学により、その技を習得しつつあったのかも知れない。ともかく、それは何か目的があるかのように、確かに美鈴だけに狙いを定め、取り憑いたのだった。これが二つ目の怪異である。
三つめの怪異は帰りの大阪環状線の鶴橋駅で、大蓮八重子と密かにすれ違っていたことである。この小さな再会は、稀有なることだった。彼女達の居住地である藤見地区は、大阪から遠く離れていた。藤見地区ですれ違うならまだしも、大都会のたった一つの駅で、全く違う目的を持った二人が居合わせたのだ。しかし、二人とも気付かなかった。美鈴と八重子は同じ学年であったが、クラスが違ったため、面識が全くと言っていいほど無かったのだ。近鉄の乗り換え口から環状線に駆け込む八重子と、韓国焼肉を満喫しようと鶴橋駅で降りた美鈴たちは、確かにそこに居合わせ、そして目を合わせることなく、互いの道を進んだ。これが“大阪七福神めぐり”の最初のご利益だったことを美鈴は知る由もなかった。
お読みいただきありがとうございました。
ノア先生の次回の更新をお待ちください。




