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外伝 さらば魔法少女たち  作者: ガルバンゾー圭人
第1章

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第2話 振鈴(しんれい)

 とある平成の4月のことである。橘美鈴は保健室の天井を見上げ、ぼんやりと考えていた。このベッドのお世話になるのは、今年に入って何回目だろうか・・・。そうなのだ。高校2年生になってからというもの、彼女は幾度となく朝礼や体育の時間に気分が悪くなり、保健室で休んでいるのだ。決して大変やる気に満ちた校長先生の長話に耐えられなかったからとか、貧弱な精神であるゆとり世代だからとか、そういう陳腐な理由ではない。橘美鈴は身体測定で二重丸がつくほど、心身ともに健康な平成女児である。実のことをいうと、去年の美鈴にとって保健室はただの概念だ、と思うくらい無縁のものであった。しかし今年は気がつけばこの部屋で眠っている。それも毎日通っているのではないかと思うくらいに。彼女は眉をへの字にしてシーツを頭から被った。

 そういえば、先ほどの教科は英語だった。それはクラス全員で長文を音読している最中に起こった。2段落目を読み始めた頃に、美鈴の肩がだんだんと重くなり、背中から正面にかけてどんよりとした生暖かく重たい気がぬるぬると体を包み込んでいった。美鈴は「これはまずい」と思い、無視して文を読み続けたが、次第に体の芯まで凍るような寒気を感じ、じわじわと吐き気が込み上げ、周りの声が遠のいてきた。ペンを握る自分の手がいつもより白い気がした。だんだんと握力が弱まってきた。生徒朗読に混じって知らない誰かの笑い声と怒鳴り声が聞こえた気がしたーーー。そして気がつけば彼女は椅子から滑り落ちるように地面に不時着していた。

 その後のことはよく覚えていない。きっと、いつもの様に保健係の大蓮《おおはす》八重子《やえこ》が肩を貸してくれ、保健室まで連れてきてくれたのだろう。あとでお礼を言っておこう。ついでに授業のノートも見せてもらえるだろうか。美鈴は、はあ、とため息をついた。

 橘美鈴に異変が起こり始めたのは、正月の大阪旅行を終えた後だった。いや、美鈴は見間違いだと思い込んでいるが、この大阪旅行中にすでに異変は起こっていたーーー。


 同年1月某日、橘美鈴は大阪の天王寺駅に立っていた。年明けの大阪は藤見と違い、多くのおめかしした人々があらゆる方向に歩き回っていた。ゴールドやブラウン、流行り始めたばかりのシルバーの髪がふさふさと彼女の少し上を飛び交っていた。彼女にとってはあまりにも斬新な光景だったので、この雑踏がカラフルなケセランパサランの集団の様に見えていた。人に見慣れた頃に、美鈴は冬用のコート、たとえばチェスターコートやダッフル、ダウンジャケット等がこれほど色とデザインがあることを知った。人工的で息の詰まる甘ったるい果実の匂いから、ブランド品の華美な匂いまで様々な匂いがした。イブサンローランのウールコートが特徴的な、大多数が彼を「イケメン」と評するであろう男性が美鈴の前を通過した時、彼女は一瞬だけ学校の水道掃除で排水溝の蓋を開けた際に感じる、ドブの匂いがした。嫌悪感で身悶えした彼女はふと、雨の降る前の鉄のような匂いが恋しくなった。いんやー、おらのところとは大違いだっぺー、と美鈴は心の中で呟いた。それから、自分の洒落っ気のないグレーのダウンジャケットと人混みを薙ぎ倒しかねないくらい大きい、亀の甲羅のようなリュックをズシリと背負い直した。彼女はいも臭い、という意味を体現している恥ずかしさを感じながら、姉の橘《たちばな》珠紀《たまき》と従姉妹の卜部《うらべ》奈穂子《なおこ》が戻るのを待っていた。

 さて、美鈴の姉である橘《たちばな》珠紀《たまき》は、多少の友情を犠牲にし、弛《たゆ》まぬ勤勉の末に昨年、大阪の国立大学に進学した。その際、母方の実家である卜部《うらべ》家に下宿させて貰うことになった。大阪、卜部と聞いて、ピンと来た読者がいるだろうか。それらがこの物語にどのように関わるのか、首を長くしてお待ちいただきたい。さて、美鈴の話に戻そう。卜部家は大阪環状線のどこかの駅から徒歩10分ほどにある、古めかしい瓦屋根の家と新築の一軒家がオセロのように入り混じる住宅街にひっそりと立つ、中々《なかなか》年季の入った家である。現在、家督は美鈴の母、百合子《ゆりこ》の兄にあたる卜部《うらべ》健介《けんすけ》が継いでいる。そんな訳で、現在の卜部家では祖父の卜部《うらべ》清一郎《せいいちろう》、祖母の卜部《うらべ》マツ、長男の卜部《うらべ》健介《けんすけ》、その妻、卜部《うらべ》和子《かずこ》、私立大学3年生である一人娘の卜部《うらべ》奈穂子《なおこ》と大阪留学中の美鈴の姉、珠紀《たまき》の6人が同居している。なお、清一郎と健介が警察関係者であることにより、卜部家の規律は近隣の家庭よりも多少、厳重に保たれている。

 美鈴の家、すなわち藤見の橘家は共働きで、姉と過ごす時間が長かったため、珠紀の居ない、この1年は美鈴にとって非常に淋しいものであった。そんな美鈴の様子を見かねた、安定の平社員である父、橘《たちばな》良平《りょうへい》と彼を心身ともにどっしりと支える公務員の母、百合子《ゆりこ》は、美鈴に「今年の冬休みは仕事で忙しい私たちの代わりに姉の様子を見てくるように」と大阪行きの新幹線のチケットを渡した。これには高校2年生になる美鈴の進路を決める参考になるよう、珠紀と菜穂子の大学生活の様子を観察し、出来れば藤見を出て都市部に進学してほしい、という百合子の密かな願いもあった。



お読みいただきありがとうございました。

ノア先生の次回の更新をお待ちください。

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