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外伝 さらば魔法少女たち  作者: ガルバンゾー圭人
第1章

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第1話 阿先生の新しい日常

 阿(あ)先生はまだ眠っている。私はコーヒーメーカーを弄りながらデスクをチラリと見た。金の刺繍で彩られた紅巾に一石の翡翠石が置いてある。朝日に照らされ、その細やかな彫刻の陰影が一層際立っていた。それは何十年もそこにいるかのようだった。私は浅くあくびをした。また一眠りしたい所だがーーー今日は小松君が来る日だ。三人分の豆をすり切り、メーカーに入れた。次第にゴボゴボと音が鳴り、仕事が始まる。はあ。最近は朝風が冷たい。やっと夏が終わったと思えば今度は寒さが襲来する。そろそろ衣替えしなくては。私は半袖の腕をさすった。

「・・・コーヒー?」

 ふと、デスクから少年のような小さな声がした。

「阿先生《あせんせい》、起きたのですか」私はコーヒーカップを3脚、トレイに並べ、声を掛けた。

「まだ座布団から出てないから起きてないよ」阿先生はそう言い、んんと小さな前足を伸ばした。私はそれを見て、ふふと笑った。紙箱からドーナツを3個、それぞれの皿に盛り、ミルクピッチャーと砂糖をトレイに追加する。それらをデスクに運び、阿先生に聞く。「オールドファッションとポンデリング、どちらがいいですか」

阿先生は嬉しそうに黄金の目を細め「半分こ」と言った。それからすぐに「ちょっと大きく割れた方がいい」と言った。

 私はにっこり笑って、オールドファッションを二つに手で割った。阿先生の言った通り、左手に持った半分はもう半分より二口分大きかった。無論、大きい方を阿先生の皿に置いた。その後のポンデリングは綺麗に2等分できた。その様子を見て、阿先生は満足そうに座布団からぴょんと床に降り、元の大きさに戻った。私は阿先生をまじまじと見つめる。ほお。やはり媽祖(まそ)の眷属、貔貅《ひきゅう》(正確には、阿先生は雄なので貔《きゅう》)と云うものはいつ見ても不思議である。依代の翡翠石は人差し指の第一関節程しか無いのに、人前に姿を現すとき、彼は米俵ほどの大きさになるのだ。おまけに色も見た目も変わる。まず色だが、翡翠石が綺麗な白緑であるのに対し、本来の姿は体毛、鱗ともに漆黒である。次に見た目は強靭な虎の体と龍の頭と尾を持ち、背には2枚の短翼をもつ。そこに白黒縞々の一角そして黄金の瞳と甲冑が加わるので、この神獣からはまるでこの世の全てを守ってくれそうな、なんとも言えない神気を感じるのだ。阿先生はじっと見つめる私に目をぱちくりさせ、「あ、玉《ぎょく》忘れた」と言った。彼は、もそもそと甲冑に隠していた玉を取り出す。ちなみに一角と玉は雄の貔の特徴である。玉は水晶のように透明で、中には白緑の煙が渦巻いていた。阿先生はそれを両前足で掴み、窓から差し込む朝日にかざすと、無邪気に下から覗き込んで「よかった。今日も吽《うん》は元気なんだ」と呟いた。吽とは阿先生の番《つがい》の貅《きゅう》である雌の吽女士《うんじょし》のことである。彼女とは訳あって別々に過ごしている。その訳は、今からこの長い物語の中で説明する。

 私はデスクの窓側に香蘭社のカップとエンゼルクリームを供え、阿先生の前にノリタケのカップと半分にしたドーナツたちを供え、自分の前にマイセンのカップと残りのドーナツを置いた。阿先生はドイツ製の私のカップを見て「今日は仕事の日だから勤勉でありたいんだね」と言った。私は「はい、そうです」と笑って返した。食前のお祈りをして、阿先生と朝食を食べた。暖かな陽気に少し肌寒い朝風。波のように現れては消える、鳥のさえずりと車の走行音。阿先生が私の家に来て、数十年しか経っていないのに、生まれてから何度も味わっているような懐かしくも温かい時間だった。

 食事を終え、デスクでパソコンを起動する。阿先生は満腹らしくソファーにゴロゴロしていたが、私が老眼鏡をかけるのを見ると「戻るね」と言って翡翠石の中へ飛び込んだ。私はファイルを開き、深く呼吸をした。"file:immortal"《ファイル:イモータル》ーーー。今日の課題である。翡翠石に戻った阿先生に向かって「失礼します」と声をかけ、石に右手をかざした。私はゆっくりと目を閉じる。意識を右の掌に集中させ、記憶を辿《たど》る。閉じた目の裏に映像が浮かぶ。コーヒー、ポンデリング、ポンデリング、オールドファッション、冷蔵庫のプリンーーー違う違う、もっと昔だーーー私立青龍高等学校の制服を着た、活発なおさげの少女がカンフーをしている。これだ。少女の名前は楊《よう》昕玥《きんげつ》(昕:日におのへん。玥:王へんに月。)阿先生の元の主人であり、青龍高校の学生である。昕玥は笑ってこちらを手招きした。ピロティの隅からおどおどしたミドルヘアの少女が出てきた。少女の名前は橘美鈴《たちばな みすず》。青龍高校2年1組、特別指導部所属、そしてこの物語の主人公である。彼女はわずか高校2年生にして精鋭巫覡(ふげき)集団である”十束剣《とおかのつるぎ》”の一員となった。

 彼女の話を記す前に、少々前置きをさせて頂きたい。本シリーズでは様々な専門用語が出てくる。このシリーズの中心である”巫覡”と”能力”に関して定義する。

 まず、”巫覡”とは神々によって人智を超えた能力を授けられ、能力者のことである。彼らは生涯を懸けて自身の信仰する神々の加護の下、能力を行使し使命を果たす。読者諸君にとっては”巫女”という言葉の方が馴染み深いかもしれない。”巫女”と聞くと女性の能力者をイメージするだろう。しかし、男性にも能力者がいることをご存知だろうか。”巫”の一文字で女性の能力者のことを指し、覡(げき)は男の能力者を示す。”巫覡”とは男女両方の性別の能力者を示しているのだ。以上が”巫覡”の定義である。

 では”能力”とは一体何か。”能力”とは神々によって一部の人間に授けられた霊能力と超能力のことである。巫覡と聞いて真っ先に思い浮かぶのは霊能力であろう。霊能力とは、あの世に存在する超自然的存在を感じ取ったり、それらに干渉したりする能力のことである。霊を見る能力である霊視や彼らの声を聞く能力の霊聴、そして超自然的存在の力を借りて霊を祓う浄霊などがある。超能力を思い付いた読者もいるかもしれない。超能力とは、普通の人間には備わっていない、超自然的な能力のことを指す。物に宿る記憶を読み取るサイコメトリ、言葉を使わず人や動物と会話をするテレパシー、炎を発生させたり操作したりするパイロキネシスなどがある。二つの能力は共に、神々によって人間に授けられた能力の一つだからである。霊能力の一つ、霊視について例を挙げよう。本書では今後”見鬼”と記す。この見鬼に関しては、霊能力と超能力を分けることが非常に難しい。なぜなら見鬼の能力を鍛え、対象の過去を見ることができれば”過去視”、対象の未来を見ることができれば”未来視”あるいは”予知”、遠くにある対象を見ることができれば”千里眼”と呼ばれるからである。つまり”霊能力”とされる見鬼から”霊能力”や”超能力”に分類される多くの能力が存在するのだ。自然科学研究において超自然的存在は明確にその存在が立証されていない存在であるため、一部の人が持つ特異能力の研究をする上で、霊能力と超能力を分類する必要があったのかもしれない。話が脱線してしまい、申し訳ない。先のことから、”超能力”は神々によって授けられた特殊な能力にすぎない。ただでさえ翻訳により他言語との意味にズレが生じるにもかかわらず、ジャンルを分けて能力を表記すれば、それを関連付けて考えることが難しくなる。史料として言葉だけが残された後世の人類はますます”真実”に辿り着くことが困難になるだろう。それこそ能力者でもない限りは真偽は見抜けまい。以上のことから、本編、外伝を通し私の記す全作品では、霊能力と超能力をまとめて”能力”と定義する。定義は以上である。他の専門用語は適宜(てきぎ)、補足説明をさせて頂く。

 それでは満を持して橘美鈴の物語を記そう。これは、少女が巫覡としての人生を歩み始める少し前のお話ーーー。


お読みいただきありがとうございました。

ノア先生の次回の更新をお待ちください。

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