幕間 コン活のすゝめ(に)
「中国から来た妖瓶さん」
少女の傍らにあった五十センチほどの高さの青壺花彫から女の細長い手が出てか細い女の声で「到」と言った。到とは中国で点呼する際、「はい」や「います」という返事をする際に使われる言葉の一つである。青壺花彫、またの名を花彫壺は中国の景徳鎮で作られる青磁に花の紋様をした壺のことである。そのまま部屋に飾られることもあるが、酒の保存に使用されることもある。この壺には酒と共に悪い何かが入り込み、妖怪となった。女の妖怪は妖瓶といって壺の中にある酒を人間に飲ませ、意のままに操る中国の妖怪である。興味のある方はぜひ中国語で調べてもらいたい。操られた人間は理性を失い、人を斬ったり物を盗ったりと目覚めた時には人生が取り返しの付かない事態に発展している。俗に言う”酒で失敗した”事態である。日本でも酒で失敗した話を耳にしたことがあるが、あれは日本に生息する妖瓶の一種かもしれない。全ての酒瓶が妖瓶になる、と云うわけではない。酒に悪しき物が入らぬよう、中国では赤い布や紙で覆った。念のため、記しておくが、瓶入りの紹興酒は大変香り豊かで美味である。下戸の方はぜひ料理に使って頂きたい。この青壺花彫は偶然にも赤紙で蓋をされる前に悪い物が入り妖怪化したのである。半分だけ蓋の赤紙が剥がれているのはそのせいである。妲己はこの壺の青白の妖しいとまで感じるコントラストに満面の笑みを浮かべた。壺の妖気に負けなければ良い晩酌の酒にできるとでも考えたのだろう。そして点呼は残る一人となった。妲己は待ってましたとばかりに少女を呼んだ。
「げんこつ山から来た雷獣さん」
「はい」まだ声変わりもしていない、十代の少年の声がした。その可愛らしい外見から”ユメカワ”少女、とこれまで私は書いていたが、どうやら少女ではなく男の娘だったようだ。こうして見ると彼は一般的な思春期の少女と比べて肩幅が広い。それにしても枝毛ひとつ無い、濡鴉色の黒髪やキメの細かい肌、そして淡い橙色の炎が灯っているかのような目元メイクは息を呑むほど美しい。しかもこれらが全て、幻術ではなく雷獣が実際の人間と同じように手作業で自らを創り上げているのだ。人間が化粧をする際のポイントとして、全ての部位を完璧にしない、と云うものがある。化粧をする部位に眉、目、頬、鼻、口等があるが、全ての部位を理想の形に作り上げると、あからさまに「ばっちり化粧しました」と云う感じがする。完璧な化粧を求められるTPOもあるのだろうが、わざとらしい印象を受けるので、これを避けるために幾つかの部位だけ軽く化粧をする手法があるようだ。彼はこの知恵を人に擬態する際に用い、体は精巧に幻術で化け、他はあえて人間と同じ工程を踏むことで、不完全さを身につけることにした。彼は幻術だけでは万人を欺くことができない、ということを知っているようだった。げんこつ山とは童謡『げんこつ山のたぬきさん』に出てくる山ではなく、地元の人々が”げんこつ山”と呼んでいる東海にある山のことである。雷獣という妖怪は主に東日本にいるとされる、雷を操る獣の妖怪である。全身が黒い艶やかな体毛で覆われており、鋭い爪を持つ2本の前足に4本の後ろ足、そして3本の長い尻尾を持っている。一見タヌキやハクビシン、テン、イタチ等と見間違われることも多い。ここまで聞くと足が多いだけで仲良く慣れそうだと思うかもしれないが、妖怪はどこまでいっても闇界の存在、人に害をなすものであり背中合わせに生きることがあっても決して手を取り合うことができない。まずこれが現れると雷が発生する。今日、東京の天気予報で落雷警報が出ていたのは雷獣が上京した生である。雷がある、ということは落雷の危険だけでなく天候不良による弊害も起きる、ということである。ある地域では雷獣が出現したことで農作物の生育不良や衛生状態の悪化が起こり、疫病が発生したという。そして雷獣がそばにいる人は気がふれてしまう。雷の二次被害を考えれば、切迫した状況で周囲共々気が参ってしまう、のはあり得ない話ではない。しかもこれは討伐や封印といった何かしらの対策を立てなければ被害が続く。彼自身に移動してもらうのも良い策である。以上のことから、彼と決して関わらないことを推奨する。
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