第12話 発起(ほっき)
第12話が長かったので二つに分けました。
特別指導部の生徒による、浄霊を行う前夜のことである。美鈴はベッドに横になり、天井を見上げていた。時計はすでに午前1時を指していた。来たる”浄霊”という初めての行事に美鈴自身は身構えている自覚はなかったが、目を閉じてもなぜか寝付けない。体は素直に緊張を感じているようだった。美鈴は仰向けになったまま、天井を見回した。窓から漏れる、街明かりや月光が部屋をほのかに青白く染めている。藤見地区の魅力の一つは郊外にあるので、人工の便利さと自然の心地よさが適度に共生している点である。今日、彼女はカーテンを開けなかったが、ここ藤見では深夜になり街明かりが消えると、星月の輝きが際立ち、視力の良い人は天気の良い日に6等星が見えることもあると云う。星たちはカーテンの向こうで、密かに闇から美鈴を守っていた。
1時間ほど経った時だった。今年の1月頃に味わった、刀で刺されたような痛みが左背の肩に再び走った。今度は根を張るように背中にびりびりと広がる。痛い、なんだか痛いのだ。原因不明の痛みに恐怖が蘇る。だが、これが”憑依”というものならば、明日の”浄霊”でおさらばできるのだろう。美鈴は自分にそう言い聞かせた。そして彼女は心の中でヨネに助けを求めながら、目を閉じ、無理やり眠ることにした。
もう1時間ほど経った時だった。やはり左背の痛みがおさまらない。咄嗟に今日、正確には深夜0時を過ぎているので昨日だが、化学の授業での先生の言葉を思い出した。
「かつて原因不明の事象を『神の怒りだ』『心霊現象だ』と片づけていた時代もあったが、今は平成。
ワインも塩も化学を学べば様々な方法で作れます。これは昔の人が疑問に思って研究した成果です。突き詰めればいつか、今解明できていない事象だってその原因を探ることができる。どうか君たちが疑問に思ったことを突き詰めてほしい。化学でなくても、何でもいい。その疑問が世の中を良くするから」
美鈴も他の生徒同様、この化学教師の言葉が響いていた。何名かの生徒はコクコクと頷いていた。目を輝かせるものもいた。先生はチャイムが鳴り終わる寸前に「もちろん、私の関心であるUMAについて調べてくれても結構です」と付け加えた。これはほとんどの生徒が聞いていなかった。
この教師は守屋修二、ジャスト40歳である。理系のトップクラスである2年6組の担任、担当科目は化学、そしてあだ名はUMA大好きおじさん、なんと本人公認である。きっちりとワックスで決めたツーブロックヘアに、白衣、授業道具の入った黒いボア素材のトートバッグを持ち歩く様はある種のマッドサイエンティストとも言える。顔は当時一世を風靡した有名イケオジドラマ『晩年アミーゴ』の修司役じゃない方の俳優に似ていた。すなわちイケメンである。カッコいい修二のトートバッグの話を真に受けてはならない。黒いモコモコのトートバッグについて修二に聞けば、彼の推しUMAの一つ、ビッグフッドの毛皮だと答えるだろう。残念だが嘘である。この嘘は修二の溺愛する娘が、彼の誕生日プレゼントとしてこれを渡す際、そのUMA好きを察して「ビッグフットの毛皮で作った」と言ったことが契機である。実際は娘がエチゴヤで選んだ生地を洋裁が得意な妻が縫った愛情たっぷりのバッグである。バッグの存在は効果的面だった。これは大抵の女子生徒の修二への淡い恋心を粉砕した。まるで水戸黄門の印籠のようだった。まあ道ならぬ恋をするより、初めに引くことが出来れば良いのかもしれない。多少の失恋も成長の糧になる。失恋した生徒達よ、どうか痛みを乗り越え、燦々たる大志を抱き良縁を見つけて欲しい。
さて、美鈴の話に戻ろう。美鈴はUMA大好きおじさんの事を思い出した。そしてふと、こう思った。私の背中を散々刺した、これの顔が見てみたい、と。つまりこの原因不明の事象を突き詰めたいを思ったのだ。美鈴は負けっぱなしや弱いもの虐めが大嫌いだった。どのくらい嫌いかというと、これをクラスで辞めさせる為に、柔道を習ったほどだった。武術を習っている者は、護身や鍛錬を除き無闇に人に使ってはならない、と言う制約がある。制約により実際に使うことはなかった。いや、必要はなかったと言うべきかもしれない。彼女の生涯で唯一、いじめが発生した、小学校時代の話をしよう。ある時、美鈴は教室の外にいた。巧妙ないじめっ子は側近を使って難癖をつけ”説教”していた。これを聞いた美鈴が友人と共に教室に戻り、問い詰める。美鈴は何者かにこの人物が首謀者だと指し示されたかのように、集団のボスであるいじめっ子を見つめた。側近の背に隠れていたのにも関わらず、である。その児童を見る美鈴の虎のような鋭い目は、不倶戴天の目をしていた。いじめっ子は魂まで見透かされる美鈴の目に異常な恐怖を覚えた。人心を掌握し操る快感の裏にある、得ることのできない母親の愛情を渇望する、小さな彼女の魂を美鈴は確かに捉えていたのかもしれない。美鈴はその子に対し、たった一言「さもしい奴」と放ったのだった。それはその子の魂を確実に貫いた言葉だった。それからクラスは何事もなく平和な一年を過ごした。
お読みいただきありがとうございました。
ノア先生の次回の更新をお待ちください。




