第四十九話
◇◇◇
アンジェリカが新たな武器を手にする、同刻。
少年、エウレルは依然として旧都の一区画にて斥候との激戦を繰り広げていた。
戦闘が勃発して、しばらく。斥候の繰り出す触手の数々は苛烈さを増し、四方八方から串刺しにせんと迫る。既にビルの外壁やスチール床は蜂の巣、砂状のコンクリート片も舞い散り、倒壊が目と鼻の先まで迫っていた。
その猛威を振るう化物相手に少年は息を切らす様子もなく、冷然と敵を見据える。が、幼い体にはいくつかの生傷が見え隠れしていた。単発であれば、傷付けたどれもが英雄の力を以てすれば難なくかわせる。しかし、どれだけ切り落としても時間経過で復活し、執拗に迫るとなれば、全てを処理し切るにはまだ経験不足であった。
「弱い。弱いよおおおおおおおおおおおお!? ねえ、なんでそんなに弱いのお!? 斥候なんて片手間で倒せるのが英雄でしょおおおおおおおおお!?」
(ジリ貧狙いなのはわかっています。しかし)
「神の剣」
少年の右手が黄金の輝きを解き放つ。前回よりも出力を上げた眩い閃光が一帯に走ると、斥候はあまりの発光に触手で目を覆った。
廃墟を照らすこと数秒、光は徐々に取り払われ、視界が利く程度にまで落ち着く。敵は、
「ひいやああああああああああ!! いだい、いだいいだいいだい!!」
身体中の皮膚がただれ、のたうち回る斥候。少年は痛々しいさまに興味も示さず、勝機と言わんばかりに右手の光源を長剣へと変化。力の限り振りかぶり、神の剣を投げ放つ。
さくり、と一直線に斥候の額を貫通。さらなる悲鳴が場を満たした。
追い打ちにと距離を詰め、懐へと入る。頭部から剣を引き抜き、再度目にも止まらぬ速さで切り刻むと、首から胴体全てがコマ切れにくずれ落ちた。
「……今度はどう出る」
回復を警戒するが肉片に変化はない。神経を研ぎ澄ますほどに、静けさが気味が悪いほど目立つ。異様な空間に少年は舌打ちした。
「どこ――」
「ここおおおおおおおおおおお!!」
途端、床がばっくりと割れ、大穴が開いた。足場を無くした少年は落下、真下に目を向けると、そこには大口を開けて待ち構える斥候の姿があった。人を模した顔面ではない、ひと一人は造作もなく丸のみできる大穴。その中に敷き詰められたノコ状の刃が、もぞもぞとうごめいている。
(まずい――)
さすがに動揺した少年は神の剣を下階の床に突き立て、刀身を伸ばす。天井を突き破り、屋上まで到達後、勢いのままに数十メートル先、対角線上の廃ビルへと着地。戦いが生み出した惨状の全貌に少年は目を細めた。
廃ビルの下で、いくつもの触手が地面を貫通し、巨大な根を作り上げていた。その内の数本が地面から引き抜かれ、一様に少年目掛けて襲い掛かる。
少年は光の長剣を握り、迫る触手に突き立てた。今度は血が噴き出す。違和感を覚えながらも、触手を足場に下へ目掛けて走る。その間、いくつもの触手が差し迫ったが、紙一重で別の触手へ飛び移って敵本体へと突進。
廃ビルとの間合いが十メートルを切った、
「神の剣」
直後、跳躍。長剣は唸りを上げ、見上げるほどの巨大な刀身を生成。この時点で残りの間合い十メートルは優に詰められる。少年は大剣を両手で握り締め、廃ビル目掛けて袈裟懸けに振り切る。綺麗な斜線が刻まれると、屋上含めた高層階がすっ、と小さな擦り音と共に地上へと崩落。市街の一角はけたたましい騒音と土埃に包まれた。
が、少年は止まらない。全てが落ち切る前に、今度は逆方向に神の剣を振り払った。常人であれば吹き飛ぶ風圧で土埃を全て引っぺがし、余った部位も切断、地上が見えるほど切り刻んだ。
途端、切り捨てたビル周辺より、強烈な殺気がエウレルの神経を刺激する。
隠していたものが全て取り払われた。
「そういうことか」
少年が切り捨てた廃ビルに割り当てられた敷地は、およそ五十メートル四方。先ほど戦闘が繰り広げられた一室は、大会議室につき十メートル前後。そのような場で命のやり取りをした斥候は、少年よりは図体が大きくても、せいぜい成人男性の標準程度の体格であった。
しかし、眼前に現れたソレは、廃ビルの面積全てを埋め尽くす。
血を滲ませたような巨大な花弁のようなものが数枚垂れ下がり、中心には舌を伸ばした大口が陣取って、奇妙な液体を周囲に垂れ流し、触手を無造作に振るっていた。液体の掛かった残骸は、遠くから見てもわかる程度にドロドロに溶解している。
少年は悟る。先ほど切り刻んだ斥候は図体の一部、本丸である花型の化物は無傷に等しいと。
(本丸を倒すには、出力を上げて神の剣を放つしかない。しかし、それでは――)
少年はそっと、空を見上げる。
一帯を巨大な黒雲が覆いつくしている。陸橋にて魔獣を焼き払った程度であれば懸念は無い。しかし、もしもこの場で最大出力を放てば、雲海の上を回遊する、正真正銘の怪物の逆鱗に触れてしまう。
それだけは避けなければいけない。であるならば、
(地道に行くしかない。多少リスクは伴いますが)
方針を決めた少年は再度触手の上に飛び降り、地上を目指して走る。そして、ふと脳裏にとある記憶が過る。
どうやら過去に対峙した英雄がいた。その時の英雄は神の剣を巨大な砲撃にして、大口に向けて放った。地に根を張る花型の斥候は逃げることも出来ず、砲撃を受けて霧散していったようだ。
(じゃあ、何故生きている?)
疑問は尽きない。
英雄に始末されたはずなのに、何故こうして生きているのか。
あの花を彷彿させる巨大な本性を、どうやって隠せたのか。
あれだけの図体を前に、どうして気づけなかったのか。
しかし、考えている時間はない。少年は雑念を振り払い、再び戦いに身を投じる。
(早く、敵を殺さねば)
少年は気づかない。
戦いに没頭し、敵を殺すことに執着し、闘争に自我を置き始めていることに。
人を思う善性、己に立てた誓い、その全てを手放そうとしていることに。




