第四十八話
託す? 何を?
頭にはてなを浮かべている間にキョウコさんはミライちゃんを置いて、お屋敷の奥へと引っ込んでいってしまった。話に付いて行けずぼうっとしていると、
「お姉ちゃん、やっぱりすごいよ!!」
「すごいっていうと……ミライちゃん、どういうこと?」
「おかあさんはね、本当にお姉ちゃんのことが大好きになっちゃったみたい!! よかったあ、おかあさんずっと探しているみたいだったから」
「探していた? えっと、なんの?」
「わかんない!!」
堂々とは言わないでほしかった。
そりゃああんなにきれいで凄い人が気に入ってくれるのは嬉しいけどさ、ずっとワガママしか言ってないから好かれる要素が思いつかない。むしろ調子に乗ってるって言われて外に放り出されるんじゃ。なにか切羽詰まってる様子で、わたしが頼りみたいな感じだったし。そもそも、わたしに出来る内容なのかもわからないし。いや、うーん……
しばらく悩んでいると、お屋敷の奥からキョウコさんが戻って来た。両手で何かを持っている。なんだろう、金属製の棒にしか見えない。
そんなことを思っていると、キョウコさんは手に持った棒をわたしの前に差し出して、
「どうぞ、お受け取りください」
「えっ……これを、わたしに?」
「はい。その杖はまだ名を持たない。しかし、正しき者が手にすれば、必ず真の姿を示すでしょう」
正しき者って、絶対わたしじゃないのでは……
「いやあ、わたしただの村娘で、そりゃあ旅はちょっとしてますけど、そんな大それた力を扱えるような」
「いいえ。この正しさは、きっと貴女にしか扱えない。私はそう確信しているのです。どうか、受け取っていただけますか」
ずい、と杖を前に出される。うう、圧が凄い。受け取らないと恩知らずな気さえしてきた。
そんな大それた人間じゃないと思うんだけどなあ。でも、逃げて嫌われたら泣いちゃいそうなので、言われるがままにおそるおそる受け取った。
「うわっ」
途端、手のひらの上で杖が眩しく発光。辺り一帯を真っ白で包むと、何かの文字の羅列が杖の先端から一斉に飛び出した。
「これは……」
「キョウコさんっ、え、これ大丈夫なんですかっ!?」
「ふむ。これは……数式? それにしても何故? この数式は一体何を示しているのでしょう?」
いや、なんでそんな冷静なのさ。でも、心配してなさそうだからいいのかな。
にしても数式って、算術に使うやつだよね? 全然そうは見えないよ、ずっといろんな文字がバラバラって飛び出てきてるし。しかも、なんかさっきからどんどん眩しくなってない? 目が痛くなってきた……あれ、目を覆っても痛いんだけどっ。ねえ、これ本当に大丈夫なの!?
「何かとんでもないことが、早く逃げた方がいいんじゃっ」
「危険はありません、ご安心ください。しかし、とんでもないというのは、あながち間違いではないのかもしれない」
「何か知っているんですか!?」
「ふふっ、あははは!! 楽しみですね、未来ある若者が示す、新たな可能性といったところでしょうか!!」
こんな時に限って楽しそうなキョウコさんをよそに、文字の羅列は解き放たれた光を黒で塗りつぶしてしまった。
何も見えない。ざらざらざらざら、砂を擦ったような音が至るところから響いてくる。あまりのうるささに耳を塞いだ。それでも意味がない。うるさい越えて痛い、頭の中ガンガンする、もう耐えられないっ。
「うう、早く終わってええええええええっ!!」
自分で言った声すら聞こえない。うるさいしかわからない。
しかし、あるタイミングを境に騒音は急激に弱まり、黒の中に光が差す。みんなが見えてきた。でも、息つく暇はない。まだ宙を浮いていた無数の羅列が、手に持った杖へと覆いかぶさって、火打石の擦り合いみたくひしめきあった。
そして、
「え、ええ!? なにこれえ!!」
無骨な鉄の色をした杖が、お色直しでもしたようにグラデーションを変える。堅そうな金属が、月といっしょに夜空でも閉じ込めたような、そんな見た目になってしまった。先端には婉曲の異なる円線が三つ。その中心で漂うのは、星を閉じ込めたような白色の欠片。
しかも、杖の先端に半透明な四角がニュウンって音で現れて、文字がつらつらと記されていった。
「星雲の嵐。これが、貴女の力なのですね」
「よ、読めるんですか?」
「ええ、機械文明の頃からずっと見てきました。アルファベット、かつて世界のあらゆる場所で使用された共通文字です」
言われてみれば、言語辞典で見た文字たちに似てる。確かにネビュラ・ストームって書かれてる気がする。でも、ブゥゥンって音を立てて緑の四角が消えると、それきりウンともスンとも言わなくなってしまった。
「お、終わったんですか?」
とりあえず、キョウコさんに聞いてみる。
「やはり、貴女に託して正解だった」
「あのう、ちょっと何がなんだか……」
「自然。すなわち、世の摂理が貴女の旅路に味方したのです。どうして喜ばずにいられるのでしょうか」
「いや、それぐぁ、おほん、おっほんおほん」
「どうしました?」
「い、いえ。なんでもないです」
喜べたら苦労しないですよ、って言いかけてしまった。危ない。事情はわからないけど、言って冷たい目で見られたら迷わず地面に頭すりすりなので、静かにしておく。
「その杖を象るのは『導き』。先の見えない旅路には困難や危機がつきものですが、この杖はきっと貴女の苦難を退け、正しき道を示すでしょう」
ものすごく仰々しい力を持っているらしいけど、そんなに凄い杖がわたしの手に? いくら旅してるとはいえ、わたしはただの村娘で……話が大きすぎて全然実感がわかない。
「あの、これはお返ししたほうがいいんじゃ」
「ダメです」
「はぁい」
そんなきっぱり否定しなくても。じゃあ、もう受け取るしかなさそうなので、せめてお礼だけはちゃんとしないと。
「じゃ、じゃあ受け取りますね。えっと、本当にありがとうございました。急にやって来ただけのわたしを、その、気に掛けてくれて」
「お礼なんて、私の一存で貴女に背負わせてしまったのです、全ては私のわがまま。ですから、少しでも報いなければと思ったまでです」
「……英雄みたいに、死んじゃったりしませんか? そんなの嫌ですよ? わたしだってそんな運命は止めたいので」
「それなら何の心配も要りません。ただ、貴女が貴女らしくあれば良い。成すべき道は、きっとその杖が示すでしょう」
全然わからないよ。受け取っちゃったけど、使命なんて本当にわたしが背負えるのだろうか。ひょっとして、エウレルみたいに大変な事に巻き込まれたのでは……
「それにしても、本当にいいんでしょうか。こんなこと言ってはなんですが、お返しできるものが何もなくて」
せいぜい、さっき拾った丸い石くらいしかない。
さっきまではやってやる、って気持ちで溢れていたけど、やっぱ勢い任せに言い過ぎたかもしれない。だってもう既に腰が引けてるんだもの、あと申し訳なさ。
もう顔に出てるだろうし、流石に失望されたかな――
「ふふ」
「あ、あの。ごめんなさい。これ以上はお邪魔ですよね。今すぐにでも退散して」
「貴女は、本当に不思議なひとですね」
「へっ?」
「さっきまでは絶対に自分を曲げない、そのような強い覚悟で満ち溢れていたはずなのに、自分のこととなると途端に卑下してしまうようだ」
「ぐさっ。そ、そうですね……」
水面がゆらぐ。わけではない、目が泳いでるだけ。
お魚が飛び上がり、宙を舞った。なんてきれいなまだら模様……ごめんなさい、今は夢見る時間じゃないです。
「貴女には成すべき道がある。そうでしょう?」
「はい」
「それが分かっていれば、あとは進むだけ。
「そうですね。今更迷っても仕方ない。じゃあ、早速彼のところへ」
「お待ちを」
「あ、はい」
なんかもう、全然カッコつかない。
とはいえ、もう急がないといよいよマズい。エウレルのことだから簡単にやっつけちゃうかもだけど、万が一のことだってある。やっぱり、悠長には考えられなさそうだ。だから、直ぐにでも
「ご安心ください、引き留めるわけではありません」
「えっ、そうなんですか?」
「まずはご覧ください、貴女の星雲の嵐を」
言われた通り、杖に目を向ける。あれ、なんか先端が白く光っている。
「これは――」
「今こそ出番だということです。貴女が手に入れた新しい力の」




