第四十五話
「……どういうことですか?」
魔王が、この旧都を死の淵に変えた?
「ええ。眠らない街、渋谷。かつてこの死の淵はそう呼ばれていました。ここに至るまでの間、貴女は四角を彷彿とさせる天へと伸びる塔を多く見てきたはず。あれらはビルと呼ばれ、多くの人間がそこで仕事をこなし、生活をしていたのです」
あの縦長の建物に、人が……?
「しかし、世界を揺るがす大災害を経て、渋谷……いえ、当時の機械文明は終焉を迎えた。そして、この土地には新たな歴史が息吹いたのです」
シブヤ。たしか、女の子が言ってた名前だ。聞いたことがないからあまり耳には止めなかったけど。機械って……おっきな国が国と戦う為のやつだよね。
「ところで、旧都と呼ばれる由縁をご存じですか?」
「ええっと、確かアクテリスが発展する前にはこの旧都が中心であったとは」
「はい。この街にはもう一つの名前があった。魔導国家カザリス、この渋谷に残された文明を介して独自の発展をしてみせた、あらたな文明の中心となった一国」
カザリス、聞いたことのない名前だ。冒険記でも見たことはなかったはず。
「えっと、そのカザリスという国と魔王に関係があるんですか?」
「はい。このカザリスこそ初代魔王が生まれた場所なのです」
「えっ、それって」
「魔王と英雄の因果は、カザリスから始まったと言っても過言ではないでしょう。そして今も尚、生き死にを繰り返し、この世界に根付いている」
今、わたしはとてつもない話を聞いている気がする。冗談には見えないし、嘘ついている様子もない。
「文明とは、その時代を象徴する技術、もしくは文化を象徴する言葉を指します。ひと世代前を表すのであれば、魔法がそうでしょうね」
「今は、違うんですか?」
「……そうですね。始まったばかりなので、根付くものはまだ生まれていないはず」
「始まったばかりって、どういうことでしょうか?」
「滅びたのですよ、魔法を象徴とする文明は。その成れの果てが今の旧都です」
「ちょ、ちょっと待ってください!! じゃあ、あの旧都を徘徊してた人達って」
「ええ、その多くが旧世代の人間。中には私のように渋谷と呼ばれる時代から生き永らえた人間もいた。しかし、あの日を境にあんな風になってしまった」
あんな風にって、まさか。
「その発端こそ初代魔王であり、私達旧世代の人間がこの文明の滅びの象徴なのです」
足の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。頭はもう真っ白だ、聞かなきゃいけないことばかりなのに。でもそれ以上に、話が急すぎてまるで追いつかない。そんな昔から魔王がいたって言うなら、
「……英雄ってなんですか。だって、魔王を倒すために英雄が生まれたんですよね!? 魔王を止めるには英雄しかいないって!!」
「……お姉ちゃん?」
「おかしいよ。だって、じゃあさ。エウレルは今も命がけで魔王を倒そうって頑張ってるんでしょ? でも、昔からそういうことは続いてきたってことですよね?」
「相違ありません」
「じゃあ、この戦いに何の意味があるの!? エウレルは魔王を倒すって使命一つで戦わされてるの? わかってるでしょ!? あんなに小さな、貴女の子供と同じくらいの年の子が、そんな貧乏くじ引かされて……」
ねえ、なんで?
なんで、この世界はこんなひどいことばっかりなの?
「わかってくれましたか。貴女が戦おうとしているのは、この世界の理不尽そのもの。そんな終わりのない運命に傷を一つ付けたところで、新たな歯車は動き出してしまう。どうしようもないものに身を挺してはいけない」
歯車? どうしようもない?
「ふざけないでよ!! ロイは歯車なんかじゃないっ、みんなが幸せになれるようにって戦ったんだ!! 本当はやりたくなかったのに、それでも自分ひとりでしょい込んで、やり切ったんだ!!」
冗談じゃない。
「わたし、何も出来なかった。何も知らなかったから、見送ることしか出来なかったんだ。これが最後になるって、何も知らなかったからッ!!」
ただ、幸せにいきたい。好きな人と生きていたい。たいせつな人に居なくなってほしくない。それだけなのに。
それだけなのに、何でそれがこんなにも難しいの……こんなの、間違ってるよ。
キョウコさんは、そんなわたしを見て目を細めた。
「先に待っているのは、終わるまで延々と続く憤りと虚しさの連続。引き返すなら、今です」
せっかく、また人と話せたと思ったのに。結局この人も否定するんだ。みんな、みんな否定ばかりだ。それはあり得ない、それは出来ない、仕方がない、どうしようもない。
全部そういう言葉で終わらせて、辛そうに笑うんだ。しょうがない、って。
それが、どうしようもなく苦しいんだ。
「引き返さないよ。わたしは、絶対に叶えるんだ。空を飛びたいって願いだって叶えるし、エウレルだって死なせない。全部綺麗にちゃんと旅を終わらせて、お父さんに会いに行くんだ」
「……世界中を敵に回しても、ですか?」
あまりに冷たい目をしていた。お前は間違っていると言われてるみたいだった。
これから先、出会った人すべてがこんな風に冷めた目をするんだろうか。そう思うと嫌でも怖気づく。それでも、
「運命なんて誰かが決めたルールで人生が終わるなんて嫌。どこに行きたいかはわたしが決めるの、誰にだって邪魔はさせない」
だって、これがわたしの人生だから。




