第四十三話
◇◇◇
「暗くなってきたね」
「……そうだね」
陸橋であれだけ輝いていた空は、歩き続けているうちに光の差し込みが減っていった。次第に雲が集まって、分厚い灰色に覆われると、廃れた街はよりいっそう陰りを増した。
どこへ向かっているのかわからない。女の子が先導してくれているとはいえ、先が見えないというのは、より孤独を増長させる。
「ついてこれてる?」
「だいじょうぶだよ、はぐれないように気を付けてるからね」
「えへへ、広いからはぐれやすいんだ!! でも、ちゃんと見つけてあげるからねっ」
「……ありがと」
現れたのは、両脇に枯れ木がぴったりと並ぶ不思議な一本道だった。かすれた白線が引かれた灰色の道だ。開けているのもあって少し不安になる。しかし、女の子はびくびくする様子もなく、どこか楽しそうに真ん中を歩いていく。その後ろをついていくわたしはというと、なんとも言えない気持ちになっていた。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「なあに?」
「見せたいものって何なんだろう」
「ひみつ!! って言いたいけど……そうだなあ、とってもきれいな場所だよお。あっ!!」
突然大きな声をあげると、女の子はとてとてと走り出した。
「どうしたの? 何か見つかったの?」
「うん!! ついてきて!!」
しばらく進むと大きな門が現れた。思わず足が止まる。太い木で建付けされた不思議な形をしたそれは、見上げるほどの大きさで。なんというか、自分があまりにもちっぽけに見えるほど、言葉にできない偉大さに満ちあふれていた。
そして、旧都でさんざん見かけた天まで伸びる建物たちとは違う、なだらかな屋根をした木造の家たちの姿。傷は――無いみたい。さっきまでは瓦礫が飛び散るくらい壊れてたのに……
「ほんとうに、この先なの?」
「うん!!」
「その、ちょっと危ないんじゃないかな……なんて」
「そんなことないよ!! お外の方がむしろあぶないくらいだよ。さ、いこっ!!」
言われるがままに先に進む。灰色の地面はいつのまにか砂利道みたいになっていた。数少ない違いは手に取ってすぐにわかった。ざらつきが無くて、丸い。水辺の石にそっくりだ。
歩くたびに音を立てるが、きれいな石同士がぶつかりあってるからか、何かの楽器のようなカラカラとした音色だった。心が洗われているようだった。
ふしぎな石だ。合流したらエウレルにわたしてあげよう。きっとよろこぶかもしれない。鞄にいくつかを詰めて、先に進む。
まるで、別世界みたいだ――
その時、ひゅう、とそよ風が吹いた。
「さむっ」
「さむい?」
「うん、急に冷えて来た気がする……」
「そうなの。この場所ってさ、ものすごく涼しいんだよお!!」
楽しげな声がこだまする。ぞっとした。曇天だった空はもう黒い何かに覆いつくされて、生きてるみたいにざわついている。そして、涼しい風が延々と吹き付け、ローブを抜けて体を冷やす。
それに、先に進むほど暗くなっていった。光が届かない場所に進んでいるみたいで、その先には最悪の結末が待っていたら。そう思うと、るんるんと前に進む小さな背中がおそろしくなってきた。
「もうすこしだからね!!」
「う、うん……」
準備だけはしておこう。小声で風を纏えを唱え、覚悟を決める。からからと響く音を頼りに先へ進む。いつしか光が全く届かなくなり、暗闇に全てが塗りつぶされて、それでも音を頼りに歩き続けた。
そして、うっすらと光が差し込む。覚悟を決め、その先に足を踏み入れた――
「……きれい」
辿り着いたのは、小さなほとりだった。おぼろげな光が水面をやさしく照らす。底が見えるほどに透明で、珍しい色をしたお魚が何匹も泳ぎまわっていた。
そして、辺りを見渡せば、いつの間にか暗闇はきれいさっぱり無くなって、月光ただよう夜空にさらさらと揺れる木々、色とりどりの草花がこのほとりを覆っていると知る。魔獣らしき姿も見当たらない。そのせいか、わたしは自分に掛けていた魔法を解いていたことに今更ながら気付いた。
しんとした静けさの中で、ただこの場所だけは淀み切った旧都とは思えないほどに、あまりにも透きとおっていた。
「この場所が、見せたかったもの?」
「うんっ、きれいでしょ!?」
「……きれい。ほんとにきれい」
思えば、あんなに怪しげな場所だったのに、どうして一瞬でも落ち着くと感じられたのか。その正体がこの場所なのだとしたら、本当に別世界にやってきたのかもしれない。
「ゆっくり休んでいいよ、きっと誰も襲ってこないからっ」
自信ありげにそう言うと、女の子は振り返ってわたしを見た。
背筋が凍る。思わず身構えるわたしをよそに、女の子ははにかんで見せた。瞳は……赤くない。何がどうなっているのかわからなかった。
「やっぱり、ここだとちゃんと見られるんだね」
「……どういうこと、えっ」
疑問をすべて言い切る前に、女の子は走り寄ってわたしの腰に手を回した。見上げると、あどけない目がきらきらと輝きながら、わたしをじっと見つめる。
「よかった……やっと、お顔を見て話せるね!!」
「いや、もう何がなんだか」
「嬉しくなあい?」
「いや、そうじゃなくて。そうじゃなくてね……ただ、もう何がなんだかわからなくなっちゃって」
旧都では顔を合わせちゃだめなのに、この小さなほとりではその必要がないってこと? それとも最初からこの子は魔獣なんかじゃなかったってこと? 頭はこんがらがる一方だ。
幻想的では片づけられない、他とあまりにかけ離れた空間。そんな不思議な場所を知っているこの子は、そして居なくなってしまったお母さんとはいったい――
「お待ちしておりました」
その時、凛とした声が耳元を横切る。あわててその声を追い、目についたのは四本の柱で支える小さな屋根だった。その下で光沢のある羽織を着た、透きとおるような白髪の女性が椅子に腰かけている。その人はぼうっと水面を見つめていた瞳をこちらに向けると、ゆっくりと立ち上がり、深々と頭を下げた。
「あなたが、アンジェリカさんですね」




