第四十話
きれいな光。きれいな虹。きれいな空。
天へと届くような長く続く橋を渡りながら、おかあさんを探し続ける女の子のお手伝い。何かのおとぎ話かな、思わず小さく笑って。
「おねえちゃん?」
「なあに?」
「お空きれいだね」
「そうだね」
「エウレル……って言ったよね? すごいねえ、こんなにきれいな空、はじめてみたよ」
「……こんなもの。いえ、何でもないです」
歩いては空を見上げを繰り返した。
もう早くこんな場所からいなくなりたい。先へ進むためじゃない、単純に人のことを考えている余裕がなかった。いろんなものを失くしてしまったような喪失感と、何もできなかったやるせなさから、また天を見上げる。
ねえ、ロイ。もう、わたしどうしたらいいのかわからないよ。
「アンジェリカさん」
「なに」
「ちょっと、離れて話をしませんか」
内心ぼろぼろだというのに、エウレルは引き下がろうとしない。そのせいか、自分でも嫌になるくらい冷たい声してた。
しかし、エウレルは歩きながら表情一つ変えずに答えを待ち続ける。聞かせたくない内容なのかもしれない、考えるだけで気が滅入る。けど、断るわけにもいかない。
出来るだけイライラが伝わらないように、声を明るくして、
「ごめんね。みんな止まれる?」
「なあに?」
「はい」
名前を呼べたら、顔を合わせることが出来ればこんな手間は必要ないのに。
余裕がない今は、このひと手間がイライラする。
「ちょっと、お兄ちゃんと二人で話したいことがあるんだ。しばらくは安全だと思うから、少しだけ離れてもいい?」
「何の話をするの?」
「秘密かな、おねがい」
「……うん、わかった」
もっと上手い言い方があっただろう。けど、それ以上にさっさと切り上げたかった。色んなものが邪魔してくるみたいで嫌になっていた。
それから距離を取るために、エウレルの提案通りに陸橋の脇へと移動する。誰もいないことを確認して、これで良い? と聞くと、エウレルは「ありがとうございます」と言って、ぺこりとお辞儀をした。
「この橋を渡り切った後、もうすぐ旧都を脱出できます」
「まだ、おかあさん見つかってないよ」
「居なかったということにして、早くはぐれましょう」
どうして。
どうしてそんな簡単に残酷なことが言えるの?
「あのさ……いい加減にしなよ。何で勝手に決めるの?」
「そうした方が生存率が上がるからです」
放っておけるような事情じゃないし、大変な時に部屋まで用意してくれたんだよ? そんな子を相手に今言うことが、ソレ?
「生存率って、約束はどうするの」
「こうなってしまっては厳しいでしょう。それに、ぼく達の疲労も蓄積している。一刻も早く危険地帯は抜けるべきだ」
「じゃあ、君はあの子に何て言うのさ」
「理由はいくらでも作れます。任せてもらえれば、後はどうにかします」
人の気も知らないで。
ああ、もう嫌だ。もう全部何もかも。
「じゃあ、もう君ひとりで先に行けば?」
「アンジェリカさん……?」
「死にたくないんでしょ。君には大事な役目があるんだもんね」
「それは――」
「もういいよ。こっちは自分でなんとかする」
「ちょっと待ってください。今ここで」
「もう、どっか行ってよッ!!」
言って、ハッとした。
エウレルは青ざめたような顔をした後、うつむいて、
「わかりました。すみません、ご迷惑をおかけしました」
小さく頭を下げると、そのままひとりで先に進んでしまった。止めようとした手は空ぶって、何もつかめずに終わった。
言い返してくれる。落ち着けってなだめてくれる。心のどこかでそう思っていた。そんなわけない、あの子はわたしの親じゃない。ワガママを聞いてくれる相手じゃない。そんな当たり前をいつの間にか忘れていた。
本当に、ぜんぶ上手くいかない。
止んでいた筈の雨は次第に頰を伝って、勢いを増して、濁流のように流れ落ちた。なんて、
「……ッ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
だったら、どうして濡れているのは自分の顔だけなんだ。空はこんなにも眩しくて、雨はもうきれいさっぱり居なくなったのに。
どこまでも要らないって言われてるみたいだった。
いや、言われているんだろう。
より良くなって欲しいだけなのに。正しい方を選んでるはずなのに。それなのに、だいじにしていたものは手元からするりと抜け落ちて、最後には奪われる。
そんな自分を守るためだけの見え透いた言い訳だけは、笑っちゃうくらい積み上がる。
「なにかあったの!?」
女の子の声がした。離れていてって言ったのに。誰ひとり言うことを聞きやしない。
もう、どうでもよかった。せっかくの慰めだろうに、雑音として消化されてしまった。何も響かない。自分でも薄情だと思った。それくらい他人事だった。
「もう、いやだ」
そんな自分が嫌になった。嫌いになることだけはいくらでも出来た。
動きたくない。もう動きたくない。立ち上がる気力なんてもうとっくになくなっていたから、体は自然とその場に収まろうとする。地べたに座って、膝を曲げて、顔をうずめて、息を潜める。そして、考えるのを止める。
夢を託されて、大人になりたいと願って、ひとり旅を始めて、人を救った気になって、助けられて、わがままを言って、それで。
「……お父さん、ロイ」
この後に及んでも縋るのを止めない、自分がきたなくて濁って見えた。あの光がわたしを焼いてくれたなら、どれだけ気が晴れるだろうか。
そして、全部投げ出そうとするわたしを肯定するみたいに、あたたかい何かがわたしを包み込んだ。
「もうすこし。もう少しだけ、がんばれないかな」
小さな子相手に何を言わせているんだと思う。
そう頭ではわかっているけど、口からは何も言葉が出てこない。気力がなくなったと言えば聞こえが良いのかもしれない。
「見てほしいものがあるんだ。そこで、いちどおやすみしよう」
そうやって自分に言い訳をしようとした、矢先の出来事だった。
明るく聞こえた女の子の声は、この時ばかりは全てを許してくれる、本当にいるのだとしたらそれはきっと、お母さんみたいなやさしさにあふれていた。
「ぜったいに振り向かないよ。約束する」
つい見上げてしまった。前にたつのは、あまりにちいさな背中だった。




