第四話
国の情勢は調べておく。
身を守る術を用意する。
金の工面が出来る手に職を覚える。
魔法をみだりに使ってはいけない。
地図にない場所へ行ってはいけない。
ロイの家の跡地で見つけた紙切れに書かれていたものだ。
ロイの家が燃えてしまった日から、わたしは寂しさを埋めるために人の目を盗んではロイの家に立ち寄ることが日課になった。黒こげの煤だらけになった友達の家を見るのは心が痛むけど、彼がそこで生きていたという痕跡はわずかに残っていたようで、この紙切れもまたその一つだった。
「それにしても、自分の家より人の家が居心地が良いって……」
良くないよなあ。居座ってはいけないというのはわかっているけど、ここに来れば来るたびに、自分の中で何かが沸き立ってしまうのだ。
最初にここに来た理由は、ルーカスおじさんとミラおばさんの骨を拾う為だった。村の人達にあんな風に家を燃やされて命を落としたとなれば、とても浮かばれないと思ったんだ。
しかし、この燃え跡から人の骨が見つかることは無かった。見える範囲でくまなく探したけど、どこにも見当たらなかった。それが二人の安否を保証するわけではないけど、ひょっとしたらどこかで生き延びているのかもしれない。少なくとも、そう思った方が気が滅入らずに済んだ。
それからは足を運ぶことが増えて、次第に家の中を探している間に色々なものが残っていたことを知る。その中の一つが紙切れだった。
「……ロイは、何を思ってこれを書いたんだろう」
感傷に浸りたいところだが、ここに来た目的を果たさなければならない。
もう一つ、この家にはもう一つ残されたものがある。それは、今わたしが踏み歩く灰にまみれた床の下にある。
誰にも見られていないことを確認。人の気配はない。後は家の中で燃え跡が残っていない床を見つける。そして、床のくぼみに指を入れて引き上げると、地下へつながる階段が現れた。
「行くか」
できるだけ物音を立てずに床を閉じ、階段を下りる。光が一切入ってこないよう密閉されているので、転ばないよう足元を確かめながら先へと進む。しばらく歩くと、おぼろげだが一枚の扉とうっすらと隙間から漏れる明かりが見え始めた。
そして、扉を開けると、そこには壁一面が本棚で覆われ、部屋の中にも、数えきれないくらいの巨大な本棚が整列していた。全部がぎっしりと敷き詰められていて、最初これを見た時は本当に圧倒された。
明かりの先にあるもの、これこそがもう一つの残されたもの。いわゆる隠し部屋だった。
中に入り扉を閉めなおして、ようやくどっと息を吐く。気を張っていたのもあって、一気に力が抜けた。少しだけ腰を下ろして、辺り一面を見回す。
「本当に、どうやっておじさんたちはこんなにも大量の本を集めたんだろう」
口から疑問が漏れ出すくらいには、あらゆる種類の本がこの部屋には用意されていた。
「魔法指南に経済学、地理学に冒険記……本当に色々と揃っているよね。ロイはこれを全部読んだのかな」
疑問に答えてくれる人はいない。それでも、わたしにとってここは唯一といっていい、心休まる場所になった。誰もいない、誰もわたしを見ない。それが今のわたしには心地良い。
しばらく休みを入れて、ある程度疲れが取れたわたしは、言語学の書物(名前を訳すと言語辞典というらしい)を片手に小机から椅子を持ってきて、魔法指南が纏められた本棚へと向かう。今日は攻撃魔法の勉強、ロイの残し書きで言うところの『身を守る術を用意する』だ。椅子に座り、手に取った本をめくる。
「えーと、攻撃魔法と支援魔法において明確な差異はひとつ。対象が己であるか、相手であるか、だ」
そもそも魔法とは、人間に備わる魔力というエネルギーを燃料に、あとは世界中にただよう空気を結合させて具現化させるもの。そして具現化の手段として、人の想像力を使う。らしい、全部指南書の受け売り。
日課の準備として一番最初に覚えた姿を隠せも、支援魔法の一種。自分の周りの空気に対し魔力というエネルギーをぶつけ、姿が消えるという想像を結果として生み出す。その想像を具体的にするために詠唱する――というのはわかった。
「わかってるけどさ。やっぱ難しいな、これ……」
支援魔法は自分にかければいいから、標的が決まっているのもあってやりやすい。でも、攻撃魔法は自分で標的を用意しないといけない。
なので、本によると一番最初に学ぶべきなのは支援魔法で、その次に学ぶのが攻撃魔法だという。なるほど、と思いつつも答えの糸口はわからない。
「うーん……どうやって的に当てるんだろう」
手に取った本のページをめくる。わたしたちの村には文字を学ぶ機会が殆どないから、こういう専門書を相手にすると理解までにとても時間がかかる。言語辞典で少しずつ自分の言葉に翻訳して、理解する。そのせいもあって、魔法一つ覚えるのに一年もかかってしまった。ロイの残し書きもちゃんと理解できたのは最近だ。
今にして思えば、ロイは子供の頃からペラペラと本を読み進めていた。十八になったわたしですら難しいのに、本当にロイは凄いことをしていたんだと知る。
「濡らせ」
試しに、最下級である水属性魔法を唱えてみる。すると、偶々目に入った指先に小さな水泡が出来た。それはあっという間に形をくずし、地べたに落ちた。
「火属性は……流石に今はやめておこう」
本に火が付いて、部屋全部燃えましたとなったら目も当てられない。一緒に遊んだはずの家が焼き崩れる光景……嫌だ、思い出したくもない。
とりあえず、一番被害が少なさそうな水属性を覚えよう。そして、一通りが出来るようになったら火属性。この順番で行く。
焦ってはいけない。でも、のんびりもしていられない。着実に、着実に積み重ねるんだ。
「まだだ、まだこんなものじゃ足りない」
少しでも早く、この村を出るために。
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