第三話
「娘を返せ」
父の手には棒切れが握られていた。温厚だったはずの父の面影は見当たらない。
「俺達は何もしていない。話をしていただけだ」
「二度と俺達の前に顔を見せるなと言ったはずだ」
「ここは私達の家よっ、それに帰るのも私達の自由。それに貴方たちの生活を害してなんて」
「黙れェ!! さぁ、アン。帰るぞ。こんな所に居たら魂が汚れる」
父はわたしの腕を掴んで乱暴に引っ張ると、足がもつれそうになるわたしを見ようともせず、離してと言っても止まらなかった。
そして、沈痛な顔をして押し黙る二人を見てしまった。最後まで目を離せないまま、何もいえず外へと引きずり出されてしまった。
無理矢理家に戻されて放心していると、父は顔を歪ませて、
「どうして、アイツらの家になんて行った!?」
怒られた理由がわからない。困惑するわたしに、父は畳みかけるように告げる。
「絶対に奴らと口は利くな。いいな!?」
「一体どういうこと? ルーカスおじさんとミラおばさんが何かしたの……?」
わたしの答えに父は目を見開くと、舌打ちをしてどっとため息を吐いた。それからすぐ、
「いいか、アイツらとは二度と関わるな。絶対にだ」
「どうして!?」
「どうしても、だ。俺はお前のお父さんだ。何があっても、絶対に俺が守る。死んだカーラの名に懸けて」
理由を教えてくれない時、父は必ず母の名前を出す。それだけ父の中では絶対に譲れない何かがあるということ。でも、それが何故あの二人に酷い態度を取ることに繋がったのか、わたしにはわからなかった。
「――でも、ロイは」
「あいつのことは、もう忘れろ」
「え?」
「英雄になって死んだんだ、本望だろうよ。いずれ俺達には祝福がやってくる、それで話は終わりだ」
「そんな言い方あんまりじゃない!! どうして、そんな言い方するの!?」
「……もう休んでなさい、体に障るぞ」
わたしの問いにそう言い捨てると、父は苛立った様子で家から出ていった。
納得のいかなかったわたしは、父を追いかけて説明を促す。しかし、父は決して答えることはせず、家で休んでいろと言ったはずだ、の一言で強引に話を打ち切った。
あんな父の顔は見たことがない。いつもわたしを気に掛けてくれる父とは別人のようだ。自分でも足がすくんでいるのがわかる。結局、何も言えなかったわたしは、踏み込めなかった自分を押し殺して、大人しく家に戻ることにした。
そして、その決断をわたしは酷く後悔する。
陽が落ちて夜を迎えた。ぼうっと満月を眺めていた時、ふと窓から煤のような匂いがした。気になって窓から外を眺めると、
「なに、これ――」
ロイの家が、村人たちの手で燃やされていた。
さあっ、と頭から血の気が引くのがわかる。それからすぐ、わたしは家を飛び出し、ロイの家へと向かった。ごうごうと燃える姿に何も言葉が出せなくなった。
その傍ら、父を見つけた。あの時の悪鬼のように燃え盛る炎をじっと睨みつけていた。
「どういうことなの、お父さん。ロイの家が」
「村の皆で決めたことだ」
「……お父さん達が、やったの?」
なんで? 意味がわからない。
「ヤニ様のおしえだ。魔女は根絶やしにしなければならない」
魔女、英雄としての命に立ちはだかる魔王の手先。
「それが、ロイの家を燃やすことにどう繋がるというの?」
「ルーカス、ミラ。あいつらは二人とも《《魔女》》だからだ」
ルーカスおじさんと、ミラおばさんが?
「おかしいよ。魔女っていうのは、人の身でありながら魔王に属して悪事を働く危険な存在。ロイとは何の関係もないじゃない!!」
「あいつらは、我々の幸福を奪おうとした魔女だ!! 息子が選ばれたからといって、息子かわいさに英雄という責務を放棄させようとした重罪人だ!!」
「……え?」
父は一体、何を言っているの?
「お父さん。息子かわいさに、ってどういうこと?」
わたしの問いに、父は顔をしかめた。
自分の心臓が跳ねているのがわかる。これ以上踏み込んではいけない、十七年の人生が強く警鐘を鳴らしているんだ。
でも、もう遅かった。
「英雄に選ばれた者は、魔王を討伐して死ぬ。それは知っているな?」
わたしは首を縦に振る。それを見た父は、ばつが悪そうに続けた。
「あの二人は息子を生かすために、魔王討伐を阻止しようとした。そういう罪だ」
「……それの、何が悪いの?」
「おしえとはそういうものだからだ、もうお前も十七だろう。いい加減大人になれ!!」
頭が真っ白になった。
呆然とするわたしに、交流のあったおじさんのひとりが子供でもあやすように諭した。
「……わかってやってくれ、アンちゃん。生きるってのはそういうことなんだ」
考える余力を失った中、この言葉だけはすうっと頭の中に入って来た。
それから途方もない無力感がせり上がって、その場に崩れ落ちる。足に力が入らないものだから、立ち上がることもできない。
わたしはただ、燃える炎と共に灰となる友達の家を、黙って眺めることしか出来なかった。それを最後まで見届けて、消えていく炎と共にわたしは意識を失った。
己の無力さを呪って。
◇◇◇
ロイの家が燃やされて、一年が経った。
村人たちは、あれから何事もなかったかのように日常を取り戻し、焼けた家には見向きもしない。
一方わたしは、あの日の記憶に取り残されたままで、事あるごとに燃え盛る光景が悪夢として蘇った。そして、今日もまた気持ちの悪い朝を迎えた。
「……寝付けないのか?」
心配そうに尋ねる父。わたしは首をこくん、と倒して寝返りを打った。
あの日以降、父とは口を利いていない。というより、村に住む人間の誰とも言葉を交わさなかった。怖くなってしまった、その言葉の裏にどす黒い何かが隠されているようで。そして、それ以上に腸の中でうずまく何かが怒りの声を上げる気がしたから。
「お父さん、仕事行ってくるから。祈りはかかさずにやるんだぞ」
その声に振り返ることもせず、わたしはただ壁についた染みを見てやり過ごした。ため息の音が聞こえると、ガチャンと扉が閉まり、人気が無くなる。
振り向くと、もう父は居なかった。
「居なくなった……よね?」
父の仕事は森で木を切ること。一度出れば夕方になるまで帰ってこない。
森へと向かっていった父を見送って、わたしは外へ出る準備をする。とはいっても、単なる身支度ではない。わたしは、この一年で一つ、出来ることを増やしたのだ。
「姿を隠せ」
詠唱を唱えると、全身から橙色の光が放たれ、体を包み込む。それからすぐ、光は弱まり、最後には跡形もなく消えていった。
「よし、行こう」
わたしは一年掛けて、ひとつの魔法を覚えた。
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