第二話
『アンジェリカ、頼みたいことがあるんだ』
『なあに?』
『区切りが付いたら手紙を届けるから、読んでほしいんだ』
いつも落ち着いているロイが、珍しく何かを気にしている様子だった。どれだけ思い返しても、こんなにもしどろもどろだったのはその日だけだったと思う。
『どんなことを書くの?』
『お願い、かな』
おねがい? と聞くと、途端にロイはまくし立てるように忘れてほしい、と言った。ロイからのお願いなんて一度もされたことがなかったから、わたしは有頂天になって、何がなんでも聞いてやると思ったんだ。
『聞かせて。ロイのお願いなんて、滅多にないんだから』
『いや、そこまで切羽詰まったものじゃなくて――』
『だめ、ちゃんと書いて。ロイはほら、いつもわたしに色んなことを教えてくれるでしょ。少しはわたしにもお礼させて』
そう言うと、ロイは顔をほころばせて、何度もありがとうとお礼を言われた。
なんで、なんでこんな大事なことを忘れちゃったんだろう。
生きることに必死だったから? そんな理由で、わたしは大事な思い出も無くしてしまえるの?
「……行かなきゃ」
居ても立ってもいられなくなったわたしは、直ぐにロイの実家を訪ねた。ゆっくりと扉が開くと、目を腫らしたロイのご両親が出迎えてくれた。
「久しぶりだね。アンジェリカちゃん」
「お久しぶりです。ルーカスおじさん、ミラおばさん。会いに来るのが遅くなって、こんな形で来てしまって、本当にすみませんでした」
「ちょ、ちょっとっ。アンジェリカちゃん、どうして謝るのっ」
「そうだ。謝られる覚えなんて俺たちにはないよ」
「でも……」
「とりあえず上がってってくれ。大したものは出せないけど」
深々と頭を下げると、二人はあわててわたしに顔を上げるように言った。申し訳なさでいっぱいだ。だって、わたしは今日の今日までずっとロイのことを忘れていたのだから。
ルーカスおじさんはわたしを中へ案内すると、椅子に座るよう促した。使い古したうちのとは違って、艶のついたテーブルと木目の綺麗な椅子だった。流石に長居は失礼かもしれない、そう思って始めは断ろうとしたが、「色々と話せることもあると思うんだ。俺達も話をしたいことがあって」そう引き止められたので、言われるがままに腰を下ろす。
対面にはルーカスおじさん、ミラおばさんが腰掛ける。二人とも目元が腫れぼったくなっている。胸が苦しくなった、外のお祭り騒ぎが憎らしく思えるくらいには。
「まずは、そうだな。今日は来てくれてありがとう、アンジェリカちゃん」
「……いえ、こちらがお邪魔したので。対応してくれて、ありがとうございます」
「ロイからは聞いてたよ。好奇心が旺盛で、色んな事に興味を持っているんだろう?」
「……ロイは、わたしがわからない所を聞けば何でも教えてくれるんです。その中には本に書いてあることだけじゃなくて、本当に色々なことがあった。だから、ロイが知っていることをもっと知りたくなって」
「ロイもきっとアンジェリカちゃんがそう言ってくれて嬉しいはずよ」
そう言って涙ぐむミラおばさん。つられて目頭が熱くなる。もっと早く伝えられたなら、そう思うと胸がきゅっと締め付けられる。でも、感傷的になっている場合ではない。わたしには気になっていることがあった。
「そういえば、ロイから手紙が届きました。わたしの家に。ルーカスおじさんとミラおばさんが届けてくれたんですか?」
「ああ。実はここに戻って来たのも、それが理由なんだ」
ルーカスおじさんとミラおばさんは、お仕事の都合で世界中のあらゆる場所を旅してまわっているという。ロイが世界地図に詳しくなったのも、離れ離れで暮らしている両親が今どこにいるのかを知りたかった。そう言ってたっけ。
「ロイはおとなしい子だから、人と打ち解ける機会はあまり作れなかった。そんな中、アンジェリカちゃんがロイを気に掛けてくれたお陰で、ひとりぼっちにならずに済んだんだ」
「本当は一緒に居たかったけど、どうしても傍にいることが出来なくて。身が裂ける思いでロイの無事を祈っていたわ。本当にありがとう」
「……わたしは、ロイと一緒にいたかった。ただ、それだけなんです。お礼を頂けるほどの何かをしたつもりはありません」
「それでも、俺達は君という存在に救われたんだ。本当にありがとう」
深々とお礼をする二人に、返すべき言葉が見つからなかった。
痛い沈黙が続く中、口火を切ったのはミラおばさんだった。
「実は、もう一つ話しておきたいことがあるの」
「話しておきたいこと……わたしにですか?」
「――ええ、少し胸が苦しいけど、これは忠告よ」
二人の目がわたしを見た、怖いくらいに。思わず息を呑む。それでも、二人は絶対にわたしから目を逸らさなかった。
「早いうちに、この村を出なさい」
「えっ?」
「訳あって私達はロイをこの村に住まわせたけど、あまり長居はさせたくなかった。あなたは知らないかもしれないけど、この村は――」
「開けろォッ!!」
バキィ。何かが折れる音がした。
振り向くとドアが破られて、そこには悪鬼のような剣幕をした父が仲間を引き連れて乗り込む姿があった。
ここまで、ご覧いただきありがとうございます。
ブックマーク、高評価お待ちしております!!
広告の下にある★マークを「☆☆☆☆☆⇒★★★★★」にいただけると、ありがたいです!!
非常にモチベーションがあがります!!
レビュー、感想もぜひ頂ければと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします!!




