第三十七話
「すごいですよ、アンジェリカさん!!」
目を輝かせて驚くエウレルに、思わずたじろぐわたし。そこに気付いたのか、ばつが悪そうな顔をして大人しくなった。
それよりもだ。大事なのは粉々に砕け散った破片だ。身に覚えがない。だいじなものを壊したとかだったらどうしよう。
「え、えっと……ごめんだけど、エウレル。ひょっとして、この破片って――」
「ああ、大丈夫ですよ!! ちょっと遺跡の残骸を集めてまして」
「だいじょうぶなの? その、壊れちゃったけど」
「はい!! この残骸、強度が高くてですね。何かに使えたらな、と思って取ってたんですけど。まさか、こんな形で役に立つとは!!」
なんかもう、エウレルの中ではとんでもなく凄いことのようだった。またぴょんぴょんと跳ねて、すごいすごいと喜んでいる。やらかしたわたしが置き去りってどういうことだろう。
いやいや。
「ってことはさ、遺跡の残骸が欠けるくらいの威力ってことは……」
「はいっ、少なくとも小さな魔獣程度であれば全然耐えられると思います!! むしろ、受け流してダメージにもつながると思います!!」
そっか。ということは、加速しろの強さ次第で鉄壁まで作れるのかもしれない。ひょっとして、わたし凄いことしているんじゃ……
その時、バタンと扉が開いた。慌てて目線を下に降ろす。神経が張り詰める。エウレルもしゃがんで、扉を見ないようにしていた。
「だいじょうぶ!? こんな散らかって、まさか――」
扉を開けた正体は、この家の主である女の子だった。ほっとした――ってしている場合じゃない。
「ごめんなさい!! 散らかしてしまいました!!」
「ごめんなさい!!」
ふたり揃って頭を下げると、女の子からはそれから何も返事がなかった。
相当怒っているのかもしれない。急いでふたりで散らかしたものをかき集めて、鞄の中に詰め込む。その間に言い訳を考えに考えた。しかし、結局思いつくことはなく、観念して声に向かってひざまずきした。
「ごめんなさい!! ちょっと、試さなきゃいけないことがあったんだけど、外に出る訳にもいかないから魔法を使ってしまいました!!」
「ごめんなさい!!」
頭を下げながら、ちらりと横を見るとエウレルもひざまずきして、頭を下げていた。
女の子は何も言わない。やっぱり怒っているのかもしれない。目を見て謝るべきなのはわかるんだけど、状況が状況だからそれも出来ない。なんかもう、色々とお粗末すぎて泣けてきた。
「……ねえ」
「はいっ!!」
女の子はいたって落ち着いた様子で尋ねてきた。
うう、もの凄く怒られる気がする。思わず身が縮こまる。
「お姉ちゃんたち、魔法使えるの?」
あまり人には見せないように、というルールを思い出す。でも、今更無かったことにはムリだ。
「……はい、ちょっとだけなら」
「ほんと? じゃあさ……ひとつ、おねがいがあるの」
「おねがい、ですか?」
「うん」
無茶なお願いじゃなきゃいいんだけど……心臓がばくばくと鳴る中、その時を待つ。すると、女の子はわたしの足元にしがみついて、しゃくりあげながら叫んだ。
「おねがい、おかあさんを……おかあさんを、たすけてほしいのっ!!」
顔をうずめてわんわんと泣く女の子。エウレルは苦い顔をして黙ってしまった。
どんな風に声を掛ければいいのか、わからなかった。
下手に約束をしてもいいのか。それとも、突き放すべきなのか。どっちを選んでも辛い思いをさせるのは間違いない。大丈夫、ちゃんとわかっている。
今、この場で答えを出すべきなのはわたしだ。エウレルに答えさせるなんて、ぜったいにやっちゃいけないことだ。
「おかあさんに、何かあったのかな?」
「おかあさん、ずっと帰ってこないの」
「いつから?」
「わからない。でも、やっと帰って来たと思ったらびしょぬれでっ。目も合わせてくれなくて、話も聞いてくれなくて。それで……あたしを置いて、いなくなっちゃうんだあ」
鼻をすする音が聞こえる。ローブ越しに伝わる熱は、人の暖かさそのものだった。
でも、目を合わせてあげることはできない。魔獣かもしれないから。
「もうやだよぉ、ひとりになりたくないよう」
じゃあ、わたしには何ができる。目を閉じて、じっくり考える。
わたしはその場にしゃがんで、女の子のことをそっと抱きしめた。
「ごめんね、ずっといっしょにはいられないんだ」
「……お姉ちゃんも、いっちゃうの?」
「うん、やらなきゃいけないことがあるの」
頭をそっと撫でてあげる。サラサラとした髪質だった。よかった、お風呂には入れているのかもしれない。でも、それだけで寂しさが消えたら苦労はしないよね。
「ごめんなさい。引き留めるようなことしちゃって」
「いいんだよ。我慢する必要なんてないんだよ」
なぐさめで終わらせたくない。せめて、何かこの子を助ける手立てを。
「おかあさん、一緒に探そっか」
「ちょっと、アンジェリカさん!?」
「大丈夫、旅には支障出さないから」
止めようとするエウレルに目配せをすると、不服そうにながらも引き下がってくれた。わがままばかりでごめん。
「旧都を出るまで、そのあとはお別れになるけど。それでも良かったら、どう?」
探してどうなるかなんてわからない。こんな危ない場所だ、最悪の覚悟はしておかないといけない。
われながら酷いやつだとおもう。でも、これ以上は引けない、付いてきてくれるエウレルのためにも。
女の子は体を震わせて、
「おねがい。おかあさんを助けて」
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