第二十六話
「アンジェリカさん」
「なあに?」
晴れやかな空の中を雲が浮かび、風に流される。
魔王の手先によって死にかけたわたしだったけど、あれからしばらく。わたしは穏やかな生活を取り戻した。
窓辺を覗くと鳥はさえずり、獣の群れが歩き回っている。あの恐ろしい出来事はつい最近のことだというのに、嘘だと言われているような気分だった。
「……本当にこれ、貰って良いんですか?」
「いいよ、あげる」
少年——エウレルが手に持ったのは獣の皮を編んで作った白色の衣服だった。
上下共に狩りで手に入れた毛皮をあつらってみたけど、お手製にしてはかわいく仕上がったんじゃないかなと自画自賛。村で家事手伝ってて良かった。
実用性は、うん。もこもこしてるので防寒性は問題ないんじゃないか。
で、そんな私自身作を受け取ったエウレルはというと、服を広げたまま困った顔で立ち呆けていた。
「あのう」
「どうしたの?」
「ほんとに、これ……」
「いいってば。もうこのやり取り毎日やってるよ、それともお気に召さなかった? 丈が合わなかった?」
「そんなことはないです!! ぴったりの服でした!!」
慌てて否定するエウレルだが、頭を悩ませているのはこっちの方だ。
一緒に旅に出ると決めたわたし達。身の回りの整理から始めて今に至るけど、早速問題が起きた。
エウレルが物をあげる度に断ろうとする。さっきの服も防寒着で必要だから作って渡してみたけど、
『ぼくには勿体ないですよ……』
『魔法でどうにかするので大丈夫です』
『このくらいの寒さ、どうってことないので。お気になさらず』
なぜか受け取らずに断ろうとしてきた。
食料だったり、衣服だったり、家具も作ってあげた。住まわせてもらっている分の恩返しのつもりだったけど、エウレルはその度に申し訳なさそうな顔をする。
先ほど渡した皮服に関しても、薄っぺら一枚のぼろ布服で言えることじゃないよ。と押し通して渡したはいいけど、それからは毎日のように貰って良いのかばかり聞くようになってきた。
最初は気にしなくていいよ、って取りなしてたけど、何日も続くと流石に困る。なので、
「はあ、大人しく受け取ればいいのにさ」
「うう……、しかし、お返しできるものがなくて。お金も持ってないですし」
「命の恩人がそれ言います?」
「いや、その」
「もし、わたしがお金を請求されたら、君にどれだけのお金を渡さなきゃいけないんだろうねえ」
「それは、気にしなくていい。と、いいますか」
「じゃあ、わたしのも気にしない。できるよね?」
「……はい」
こんな風に良心をつっついて、ようやくしぶしぶ受け取るようになった。
良い子だなと思う。わたしだったらお礼だけ言って直ぐに受け取るだろうし。
おそらく、物をもらうことに慣れていないんだろう。十歳になるかもわからない子が、全部自分でなんとかしないといけない生活を送っているんだ。
そんな生活ばかり送っていたら、受け取るのもおっくうになるよね。
だからこそ、ちゃんと物をもらうっていう経験はさせてあげないとな。
「暖かい?」
履き心地を尋ねると、エウレルは照れたように笑って、
「……はい、暖かいです」
「それはよかった!!」
「本当に、ありがとうございます」
エウレルは、ぺこりとお辞儀をした。
そこまで言えたなら十分だ。
「じゃあ、ご飯にしよっか。準備するから待っててね」
「ぼくも手伝います」
「ありがと。じゃあ、おねがいします」
昼食を食べ終えたわたし達は、荷造りの続きを始めた。とはいっても、殆ど揃え終わっているので、後は忘れ物がないかの確認だけになる。
非常食の補充だったり、旅の途中で破れた衣服の修理だったり、やるべきことはそれなりにあった。近くに街があるわけでもないので、全部自分でやらなきゃいけなかったのだ。
旅の大変さをまた一つ身に沁みつつ、黙々とエウレルと一緒に作業をしたことを思い出す。
「ねえ」
「はい?」
「準備、大変だったね」
「……そうですね。ここまで万全に下ごしらえするとは、思ってもみませんでした」
「英雄さん達の記憶では、ここまでしていないのかな?」
「ええ、最小限の荷造りを終えた後は、旅路の途中で色々と仕入れていったようです」
すごいなあ、と感服する。
外の生活というのはやはり怖いから、色々と荷物を持って行かないとやっぱり怖い。魔獣に襲われたらいやだし、飢えで腹の虫と戦うのもいやだし。服だって、毎日着替えないとじめじめしていやになる。
「とはいえ、多すぎませんかね? 鞄二つはさすがにちょっと。しかもパンパンですし」
軽く引きつったような笑みを浮かべるエウレルに、サムズアップで返す。
「荷物はね、多ければ多いほどいいんだよっ」
「多すぎても持ちきれないと思いますが……やっぱり、少しくらいは置いていきませんか?」
ぐうの音も出ない。
鞄一つはどうにか持てたとしても、さすがにあと一つは無理がある。
「でもさ、やっぱり置いていくのは勿体ないかなって」
だいじなものだって、たくさんあるし。やっぱり寂しいかな、って思うし。
「その。だいじょうぶ、だと思いますよ」
「え?」
「お気に召さないかも、ですけど。置いていっても、大丈夫じゃないでしょうか。ええと、この家に」
エウレルは、もじもじしながら、ばつが悪そうに答えた。そこではっとした。
この子には帰る場所がある。そして、わたしを迎えてくれようともしている。
ひとりで始めた旅だから、帰る場所なんてなかった。そのせいで、失くしてしまうことが怖くなっていたんだ。
はは、どうやらわたしも君と同じみたいだ。ちょっぴり情けないけど。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「旅立ちの時、この家は誰にも入られないよう隠ぺいしますので。ご安心ください」
「ありがとう」
さすが英雄、細かいところまで気が利くね。なんて。
そうだ、忘れてた。
「エウレル」
「はい」
「君にこれをあげよう」
そう言って、わたしの分とは別の鞄を彼の足元に置いた。ぎっしりと入れ過ぎた分、手に持つのは苦労しそう。なので、中身はあとで抜いておくことにして。
「君がほしいと思ったものを、この鞄に詰め込むの」
「……ぼくが、ほしいもの?」
エウレルは鞄を見下ろすと、また困惑した顔をしてこちらの様子を伺ってきた。
「いいんですか?」
「うん。せっかく旅するんだから、集めてみなよ」
「でも――」
「でも、はナシだからね」
「それは」
「ちゃんと選んで、ちゃんと持ち帰るんだよ?」
手ぶらで帰るなんて寂しいしね。だから、
「英雄がどうとかじゃなくて、ちゃんと自分の旅をしよう。だって君は、エウレルなんだから」
こんな小さな少年が、英雄だなんて大きな運命を背負わされているなんて。と、思うけど、きっと嘘じゃない。
鉢合わせたあの大男だって魔王の手先って教えられたし、明らかに人じゃない得体のしれない何かだった。
それでも、人の顔色ばっか気にして、遠慮しいで、見ず知らずの旅人を気に掛けてくれるやさしい子なのは絶対嘘じゃない。
「いいね?」
そう尋ねると、エウレルは小さく笑って「はい」と、首を縦に振った。その後、遠く窓の向こうを見つめた。
明日、わたし達はこの家を旅立つ。
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