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英雄よ、空に眠れ  作者: 木戸陣之助
小さきもの

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24/25

第二十四話

 夢を見た。

 数年ぶりにロイと一緒に夜空を見る夢だった。

 わたしは現実が夢だと勘違いして、ロイに何があったのかを話した。

 ロイはそんなわたしの話を見守るように聞いてくれた。

 そして、ロイがわたしを送り出してくれた。

 そんな、やさしくて、かなしい夢。

 

 目が覚めると、わたしはどこかの部屋で横になっていた。寝心地は良い。寝具の代わりに薄い布は少し心もとないけど、少なくとも地べたではなさそう。

 辺りを見回すと、ぼろ布のカーテンが敷かれた廃墟と言えるくらいには、おんぼろの壁。そして、わたしが作った丸太の椅子。見覚えは、うん。ある。


「……だいじょうぶ、ですか?」


 そんなわたしを見下ろすのは、街道の入り口で出会った、あの痩身の少年。英雄になる、という壮絶な運命を背負った少年だった。相変わらず目元の隈がひどい。髪もバサバサで、ぼろぼろって感じだった。


「ちゃんと、眠れた?」

「一番最初に目が覚めて言うことがそれ、ですか……」


 うつむく少年の頭をそっとなでてみる。小さな体は肩を震わせて、嗚咽をこぼした。


「ごめんね。心配かけて」

「謝る必要はないですが。でも」

「大丈夫だよ。わたしは元気――いって!?」


 雷にでも当たったかのような激痛が全身に走った。雷受けたことないけど。

 そんなわたしを慌てて止めに入る少年。そのままベッドに寝かされて、安静にしてくださいと強く言われた。なんかごめんなさい。


「しばらくは安静にしてください。おねがいです」

「……いいの? このまま居させてもらって」


 そう言うと、普段温厚な少年が眉をひそめた。


「アンジェリカさんの身に何かあったほうが心配です」

「……おこってる?」

「当たり前です。見つけた時は、本当にひどい状態だったので」


 確か、最後に覚えているのは大男がくりだした真っ黒な拳。それがスローモーションでわたしの顔目掛けて、それで――


「は、はっ、はっ、はっ、はあっ!! あ、ぐぅ」

「ど、どうしたんですか。アンジェリカさん!?」


 だめ、息が。コントロールできない。吸っても吸っても無理。空気が吸えない。

 苦しい。怖い。駄目……


「手を握ってください」

「……はぁ、はぁ」

「だいじょうぶです。ゆっくりでいいので」


 言われた通りに、差し出された少年の手を握る。細い。簡単に折れてしまいそうだ。それでも手触りはちゃんと人肌で、暖かさが伝わって恐怖がゆっくりと解かされていくのを感じた。


「……ありがとうね」

「誰かの手を握ると、落ち着くらしいので」

「英雄の記憶ってやつ?」


 そう言うと、少年は目を落とした。


「わかりません。ごめんなさい、嫌なことを思い出させて」

「あやまらなくていいのに」


 ぺこりと頭を下げられた。あ、いつもの感じだ。本当に疲れ切って倒れそうって感じなのに、お辞儀とかそういうちゃんとしたのは絶対に忘れないんだよね。

 そんないつもどおりの少年が見れたおかげだろうか、怖くて仕方なかったのがちょっとマシになってきた。


「……街道の行き止まりで倒れているアンジェリカさんを見つけました」

「そっか。いやあ、食べ物たくさん持ってこようと思ったんだけどね」

「あぶないこと、よくないです」

「ごめんね。ちょっとドジやっちゃって」


 何もなかった。

 わたしが生きていて、この子が生きているならそれで十分。だから、わたしの心の中に封じるの。これ以上嫌なものは子供には見せない。


「ぼくが、助けました」

「えっ」

「ぼろぼろで倒れていた貴女を助け、ここまで運んだのはぼくです」


 言われてみれば、魔法を使えるって言ってたっけ。普通にもう終わりかなって思ったけど、それも回復させてくれたんだろうか。


「そして、斥候せっこうを始末したのも、ぼくです」


 せっこう?


「白髪を束ねた黒服の男――そう言えば、全てが繋がりますよね?」


 あの大男を、この子が倒した? いや、全くつながらないよ。

 ひとり困惑していると、少年はしばらく天井を見つめて、それからわたしを見下ろした。


「英雄がひとり旅に出る理由がわかりますか?」

「……わからない」

「狙われているんですよ、ぼくたちは。魔王の手先に」


 頭が真っ白になった。

 魔王。英雄が命を懸けて倒す敵。斥候ってやつは、魔王の仲間ってこと?


「当たり前ですが、英雄は魔王を殺す旅に出る。魔王に選ばれた者は生きる為にあらゆる手段を使う。その一つが、あの斥候です」

「じゃ、じゃああの街道までやって来たのって、やっぱり」

「そうです。ぼくを殺すためです」


 血の気が引いた。選択を間違っていたら、あんなあぶない奴をこの子に送り付けていたんだ。


「多くの人間がああいう場面に出くわした時、多くの者はわが身を優先する。だから、いつものとおりであれば、真っ直ぐにぼくを狙いに来る。それでいいと思っていた。だから」


 そして、少年は困惑するように、


「わからない。どうしてそんな危ない真似をしたのか」


 そっか。そういうことか。


「ねえ」

「……なんでしょう」

「どうして、君はわたしを助けたの?」

「いじわるですね。ぼくが先に質問したのに」


 眉目をひそめながらも、少年は考えるそぶりを見せる。


「わかりません。体が勝手に動いていました」

「そういうことだよ」


 納得がいかない、って顔してるなあ。わたしも多分同じことを思うんだろう。


「なんでも言葉で伝えられるわけじゃない、と思うんだ」

「そうなんですか?」

「うん。でもね、一つだけ言えるとすれば、わたしも君に同じことを思ったんだよ」

「……何を?」

「生きて欲しい、って。そう思ったの」


 そう言うと、少年ははっとしたように、目を開いた。

 それからすぐ、


「おかしいです。ぼくは英雄で、あなたは大好きな人のために旅をする旅人だ。やるべきことも全部ちがうのに。それなのに、出会って間もない他人のために命を懸けるなんて、そんなの」

「おかしいよね。でもね、それは、君が英雄だからじゃないよ」


 ありがとう、ロイ。わたしは少し、正直になれたかもしれない。


「わたしは君に生きて欲しかったんだよ」


 言葉にするのって、ほんとうに難しいなあと思う。いろんな葛藤があって、いろんなものを抱えてたとしても、全てを伝えきるのはきっと無理だ。

 それでも、ほんの少しでもいいから伝わって欲しいと思う。何も伝えなかったら、やっぱりいつまでも引きずってしまうから。


「巻き込んではいけなかった」


 少年の目尻から一滴の雫がこぼれ落ちた。


「ひとりぼっちを恐れるあまり誰かに傷を付けてしまうなんて。それだけはやっちゃいけなかったのに」


 それは決壊すると、湯水のようにあふれた。せき止めていたものが取り除かれたのか、子供のように泣きじゃくる少年を前に、わたしは、つっかえたものがすとんと胸に落ちた。

 ねえ、ロイ。今のわたしに出来ること、もうひとつ見つけたよ。

 決意を固めたわたしは、その思いを言葉に乗せた。


「一緒に、旅をしよう」

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