第二十四話
夢を見た。
数年ぶりにロイと一緒に夜空を見る夢だった。
わたしは現実が夢だと勘違いして、ロイに何があったのかを話した。
ロイはそんなわたしの話を見守るように聞いてくれた。
そして、ロイがわたしを送り出してくれた。
そんな、やさしくて、かなしい夢。
目が覚めると、わたしはどこかの部屋で横になっていた。寝心地は良い。寝具の代わりに薄い布は少し心もとないけど、少なくとも地べたではなさそう。
辺りを見回すと、ぼろ布のカーテンが敷かれた廃墟と言えるくらいには、おんぼろの壁。そして、わたしが作った丸太の椅子。見覚えは、うん。ある。
「……だいじょうぶ、ですか?」
そんなわたしを見下ろすのは、街道の入り口で出会った、あの痩身の少年。英雄になる、という壮絶な運命を背負った少年だった。相変わらず目元の隈がひどい。髪もバサバサで、ぼろぼろって感じだった。
「ちゃんと、眠れた?」
「一番最初に目が覚めて言うことがそれ、ですか……」
うつむく少年の頭をそっとなでてみる。小さな体は肩を震わせて、嗚咽をこぼした。
「ごめんね。心配かけて」
「謝る必要はないですが。でも」
「大丈夫だよ。わたしは元気――いって!?」
雷にでも当たったかのような激痛が全身に走った。雷受けたことないけど。
そんなわたしを慌てて止めに入る少年。そのままベッドに寝かされて、安静にしてくださいと強く言われた。なんかごめんなさい。
「しばらくは安静にしてください。おねがいです」
「……いいの? このまま居させてもらって」
そう言うと、普段温厚な少年が眉をひそめた。
「アンジェリカさんの身に何かあったほうが心配です」
「……おこってる?」
「当たり前です。見つけた時は、本当にひどい状態だったので」
確か、最後に覚えているのは大男がくりだした真っ黒な拳。それがスローモーションでわたしの顔目掛けて、それで――
「は、はっ、はっ、はっ、はあっ!! あ、ぐぅ」
「ど、どうしたんですか。アンジェリカさん!?」
だめ、息が。コントロールできない。吸っても吸っても無理。空気が吸えない。
苦しい。怖い。駄目……
「手を握ってください」
「……はぁ、はぁ」
「だいじょうぶです。ゆっくりでいいので」
言われた通りに、差し出された少年の手を握る。細い。簡単に折れてしまいそうだ。それでも手触りはちゃんと人肌で、暖かさが伝わって恐怖がゆっくりと解かされていくのを感じた。
「……ありがとうね」
「誰かの手を握ると、落ち着くらしいので」
「英雄の記憶ってやつ?」
そう言うと、少年は目を落とした。
「わかりません。ごめんなさい、嫌なことを思い出させて」
「あやまらなくていいのに」
ぺこりと頭を下げられた。あ、いつもの感じだ。本当に疲れ切って倒れそうって感じなのに、お辞儀とかそういうちゃんとしたのは絶対に忘れないんだよね。
そんないつもどおりの少年が見れたおかげだろうか、怖くて仕方なかったのがちょっとマシになってきた。
「……街道の行き止まりで倒れているアンジェリカさんを見つけました」
「そっか。いやあ、食べ物たくさん持ってこようと思ったんだけどね」
「あぶないこと、よくないです」
「ごめんね。ちょっとドジやっちゃって」
何もなかった。
わたしが生きていて、この子が生きているならそれで十分。だから、わたしの心の中に封じるの。これ以上嫌なものは子供には見せない。
「ぼくが、助けました」
「えっ」
「ぼろぼろで倒れていた貴女を助け、ここまで運んだのはぼくです」
言われてみれば、魔法を使えるって言ってたっけ。普通にもう終わりかなって思ったけど、それも回復させてくれたんだろうか。
「そして、斥候を始末したのも、ぼくです」
せっこう?
「白髪を束ねた黒服の男――そう言えば、全てが繋がりますよね?」
あの大男を、この子が倒した? いや、全くつながらないよ。
ひとり困惑していると、少年はしばらく天井を見つめて、それからわたしを見下ろした。
「英雄がひとり旅に出る理由がわかりますか?」
「……わからない」
「狙われているんですよ、ぼくたちは。魔王の手先に」
頭が真っ白になった。
魔王。英雄が命を懸けて倒す敵。斥候ってやつは、魔王の仲間ってこと?
「当たり前ですが、英雄は魔王を殺す旅に出る。魔王に選ばれた者は生きる為にあらゆる手段を使う。その一つが、あの斥候です」
「じゃ、じゃああの街道までやって来たのって、やっぱり」
「そうです。ぼくを殺すためです」
血の気が引いた。選択を間違っていたら、あんなあぶない奴をこの子に送り付けていたんだ。
「多くの人間がああいう場面に出くわした時、多くの者はわが身を優先する。だから、いつものとおりであれば、真っ直ぐにぼくを狙いに来る。それでいいと思っていた。だから」
そして、少年は困惑するように、
「わからない。どうしてそんな危ない真似をしたのか」
そっか。そういうことか。
「ねえ」
「……なんでしょう」
「どうして、君はわたしを助けたの?」
「いじわるですね。ぼくが先に質問したのに」
眉目をひそめながらも、少年は考えるそぶりを見せる。
「わかりません。体が勝手に動いていました」
「そういうことだよ」
納得がいかない、って顔してるなあ。わたしも多分同じことを思うんだろう。
「なんでも言葉で伝えられるわけじゃない、と思うんだ」
「そうなんですか?」
「うん。でもね、一つだけ言えるとすれば、わたしも君に同じことを思ったんだよ」
「……何を?」
「生きて欲しい、って。そう思ったの」
そう言うと、少年ははっとしたように、目を開いた。
それからすぐ、
「おかしいです。ぼくは英雄で、あなたは大好きな人のために旅をする旅人だ。やるべきことも全部ちがうのに。それなのに、出会って間もない他人のために命を懸けるなんて、そんなの」
「おかしいよね。でもね、それは、君が英雄だからじゃないよ」
ありがとう、ロイ。わたしは少し、正直になれたかもしれない。
「わたしは君に生きて欲しかったんだよ」
言葉にするのって、ほんとうに難しいなあと思う。いろんな葛藤があって、いろんなものを抱えてたとしても、全てを伝えきるのはきっと無理だ。
それでも、ほんの少しでもいいから伝わって欲しいと思う。何も伝えなかったら、やっぱりいつまでも引きずってしまうから。
「巻き込んではいけなかった」
少年の目尻から一滴の雫がこぼれ落ちた。
「ひとりぼっちを恐れるあまり誰かに傷を付けてしまうなんて。それだけはやっちゃいけなかったのに」
それは決壊すると、湯水のようにあふれた。せき止めていたものが取り除かれたのか、子供のように泣きじゃくる少年を前に、わたしは、つっかえたものがすとんと胸に落ちた。
ねえ、ロイ。今のわたしに出来ること、もうひとつ見つけたよ。
決意を固めたわたしは、その思いを言葉に乗せた。
「一緒に、旅をしよう」




