第二十三話
◇◇◇
「ロイ」
「どうしたの、アンジェリカ」
「わたしね、すごい夢見たの」
村の外で横たわる丸太に腰を下ろして、わたしとロイは空を見上げていた。どこまでも真っ暗で、どんなものよりも広くて、その中でたくさんの星がキラキラと輝いている。横から見た彼の目は流れ星に当てられて、いくつもの光が流れていた。
「大人になったわたしがね、旅に出るんだ」
「へえ、これまたどうして」
「なんかね、そこだとロイは死んじゃってるんだって」
「ええっ、何。アンジェリカ、ひょっとしてぼくのこと……きらいなの?」
「そんなわけ……」
ロイの目尻から小さな雫がこぼれ落ちた。ふぅん、と大きく息を鳴らした。鼻の下もうっすら伸びている。口元もひくひくしてた。
「あくびしたでしょ」
「してないよ」
わかりやすく目を逸らした。気にして損した。
「でさ、ロイの夢を叶えるために旅に出るの」
「へえ。アンジェリカ、ぼくの夢、叶えてくれるの?」
「そうだよ。ロイはさ、空を飛びたいって言うの。だから、わたしはロイの願いを叶えようって世界中を旅するんだ」
「すごいねえ。でも、どうしてそこまでしてくれるの?」
からかうように笑って見せるロイ。もう、わたしなんかがってバカにしてるんでしょ。ほんと、ロイってなんでもできるからってイジワルだよ。
「ふん、ロイだったらひとりでできるもんね。わたしなんかより、ずっと頭いいし、すごいから」
「そうでもないよ。知りたいんだ」
星による流線を映した瞳は、真っ直ぐにわたしだけを見つめていた。
思わず見とれて、くやしくなって目を逸らす。それでも冗談って言ってくれないから、やり場に困る。そうだ、今からわたしがするのは夢の話だ。だから正直に話したって恥ずかしくないんだ。
「初めてだったんだよ」
「初めて?」
「うん。夢の中のロイが、わたしにお願いしたの。だから叶えたくって」
首をかしげながら考えるそぶりをして、思いついたように「そうか」とこぼした。
「それだけのために?」
「それだけのためって、ひどいこと言うね。わたしにとっては、それで十分だったの。って、夢の中のわたしが言ってたの!! だから、わたしじゃないからね」
恥ずかしさからまくし立てると、ロイはそんなわたしを見て大きく笑った。やっぱり子供みたいって思ってるんだろう。それが悔しくてふてくされてしまった。
「アンジェリカはすごいよ」
「え?」
「だってさ、ぼくの願いを叶える為にアクテリスまで行こうとしてるんでしょ」
「そうなの……あれ?」
アクテリスの話なんてしたっけ? なんで、ロイはわたしの旅のこと知ってるんだろう。
隣に居るのは、まだあどけなさを残した小さな子供、ロイ。そう見えるし、そのはずだ。
「ぼくもさ、旅に出たからわかるよ。本当に過酷でさ、毎日魔獣に襲われるは、気候はすぐに乱れるわで、本当に大変だった」
「えっ、ロイって旅に出たことなんてあるの?」
「覚えてないの? 旅に出る時、お別れしたでしょ」
ロイはくつくつ、と小さく笑って、
「ぼくはもう、この世界にはいないよ」
知ってるでしょ。と言いたげなハッキリとした口調だった。
「……じょうだんは、だめだよ。いじわるしないで」
「ごめんね。本当に夢だったらよかったんだけどね」
申し訳なさそうに、ロイは目を細めた。
「ちがうもん」
「どうしたの? アンジェリカ」
「ロイは、ロイはいきてるもん」
そうだよ、って言ってよ。
「ごめんね」
ねえ、なんでごめんなさいするの。あやまらないでよ。
「ロイはいきてるの!! だって、こんなにも近くにいるじゃない!! いきてるっていってよ!! ねえ、おねがい!! おねがいだから!!」
「……アンジェリカ」
「どうしてっ!! おねがいよ、そばに居てよ。もういなくならないでよ。言えなかったことも沢山あるのっ。伝えたいこともいっぱいあるのっ。なのに、なのに!!」
自分の心に気付いた時には、ロイはもういなかった。
届ける相手は誰もいなかった。
「そばにいて」
ロイのおなかに顔をうずめた。離したくなくて、思い出したぬくもりを二度と忘れたくなかったから。
暖かった。本当に、涙が出るくらい暖かった。こんなにもわたしは幸せなのに、それすらもまぼろしだなんて、どうして現実はこんなにもわたしに冷たいの?
「おねがい」
「それはむりなんだ」
「そんなことない。わたしが、あなたのところに行く」
見上げると、ロイは悲しそうに微笑んだ。
「だめだ」
「なんで」
「アンジェリカには、まだやることがあるはずだよ」
「そんなものない!! ずっと、ロイといっしょがいい!! ロイがいたほうが、ずっとしあわせ!! ロイがいないと、さみしいの。つらいのっ。だから、だからぁっ……」
大好きなあなたの顔が、やっと見られたと思ったのに。涙でにじんで見えないんだ。ほんとうに、バカだよね。わたしって。
「あの子は、アンジェリカが救ってあげるんだ」
「……どうして、そんないじわる言うの」
「君がそうしたいからだよ。君が決めた覚悟も、忘れてしまったの?」
忘れていたかった。
放っておけなかった。もう少し薄情だったら、悩むことなんてなかったのかもしれない。それでも、わたしは――
浮かび上がったのは、疲れた顔でだいじょうぶですかって気に掛けてくれる少年。本当は自分が一番ぼろぼろなのに、わたしのことばっか気にして。自分が一番辛いのに、辛いってすら言えなくて。
そんな、自分を簡単にないがしろにできるまでやさしくなれてしまう少年。
そんな彼を、最後の最後で放っておけなかった。
「ねえ」
「なあに?」
「わたしのこと、バカだって、笑う?」
「笑わないよ」
「ひょっとしたら、もう死んでるよ。だってわたし、あの大男に殴られて」
「だいじょうぶ。それは気にしなくていい」
本当はあなたと一緒に居たいのに。わたし、自分から離れようとしている。
ずっとだいじなことを忘れていたんだね。
「わたし、あの子を生かそうとしたのね」
「命を懸けて、ね。そんな君をぼくは誇りに思うよ」
あやすように語りかけながら、ロイはもう一度空を見上げた。
「ああ、もっと一緒にいたかったなあ。なんて」
「いじわる」
「大丈夫だよ。辛くなったら、いつでもぼくが君を守ってあげる。だから、恐れることなんてない」
ああ、離れたくない。
「行っておいで。そして、いつか――」
別れたくない。
◇◇◇
いつか、ぼくを空に連れて行って。
「……いなくならないでよ、ばかぁ」




