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英雄よ、空に眠れ  作者: 木戸陣之助
小さきもの

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第十九話

 今日もまた朝が来た。寝覚めはよくない。 


「ごめん、ちょっと外出てくるね」

「どこかへ行かれるんです?」

「うん。雪もそんなに強くないから、今のうちに食料集めときたいなって」

「……すみません。何から何まで」

「いいよ、好きでやってることだから」


 ローブを羽織り、身支度を済ませる。


「お気をつけて」


 振り向けば、少年は何も言わずに深々と頭を下げていた。そんなことしなくていい、と断ったけど、性分らしい。悪いことじゃないから強く言えないのがもどかしい。むずがゆいなと思いつつ、玄関の扉をそっと開けた。

 朝日がわたしを照らす。辺りは雪で白くなっていて、眠っているように静かだった。村にいた頃のお父さんを思い出した。遊びに出る時も、こうやって見送ってくれたっけ。それを毎日――だから当たり前になってたんだ。

 今ならわかる。ありがたいことなんだって。じゃあ、今のわたしが本当に受け取っていいものなの?


「じゃあ、たくさん取ってくるね。楽しみにしてて」

 

 そう言って、逃げるように扉を閉じた。

 旅に出て分かったことがある。のんびり歩きまわるなんてほとんど出来ない。どんな外敵が紛れているか見当もつかないからだ。草原で仰向けになったら魔獣と鉢合わせた、なんてこともあったし。そんな経験がいくつかあったおかげで、自然と辺りを警戒する習慣が身に付いた。


 そうすれば、悩まずに済むと知っていた。


 何かを内に押し込んだような、張り付けた笑顔。あの子がよくやる表情だ。あれを見るたびに、自分がいかにちっぽけかを痛感させられる。綺麗事で痛みをだませても、その痛みを本当に取ってやることはできないんだ。

 寝泊まりまでさせてくれているのに、なんて薄情な女なんだと嫌気がさす。でも、その度に過るんだ。あの子の為に命をかけられるのか、って。

 

「最低だよね」


 むやみに幸福を煽って、ささいなほどこしで罪悪感を帳消しにしようとして。最後には、旅に出るからって差し伸べられた手を振り払うんだ。

 まだ、そうしていないから今の関係でいられる。でも、そのいつかは必ずやってくる。こんな時、ロイだったら――


「集中しよう。今は、食料を集めないと」


 切り替える。そうしないと、自分の身を守れない。

 この時ばかりは、自然の厳しさに感謝した。


◇◇◇


 引き返せるところまで歩く。旅に出る時に自分で決めたルールの一つ。

 自然と言うものは、想像以上に過酷だ。雨風にさらされて川は洪水みたいにあふれるし、暴風は歩いている旅人すらも吹き飛ばす。しかも、それは気まぐれひとつで、うだる暑さに変わったり、凍えるような寒さにも変わる。

 そういうわけで、行き過ぎもよくないし、一つの場所に留まることも出来ない。

 今、こうして外に出られているのも、たまたま神様の気分が良いから。そう思うようにしている。


「それにしても、すごい光景だなあ」


 街道という名前が付くくらいだから、もっと人でにぎわっているものだと思っていた。しかし、実際は倒壊した建造物が周囲に立ち並ぶだけで、人の気配がまるで無い。住み着いた野鳥や獣は居はするけど、といった感じだ。

 現に、この街道に来て数日が経っているが、あの少年以外に誰かと顔を合わせたことはない。


「でも、これって誰が作ったんだろう」


 不思議だと思ったのは、遺跡群のことだった。わたしの住む村の家は、ほとんどがブロック石を敷き詰めて、屋根をわらで補強したものだ。人の手で加工しているから姿形はバラバラで、どうしても残った隙間は藁で埋めるようにしている。

 遺跡の一つに近づいてみた。高く伸びた塔が斜めに伸びている。何かの石で出来ているみたいだけど、つなぎ目が見当たらない。風化したせいかひび割れはそこら中に走っていたけど、それを抜きにしたら、とても大きな一つの石で出来ているみたいだった。


「そんなおっきな石ってあるのかな」


 アクテリスに行けば、こんな建物もいっぱいあるんだろうか。コリアテ村よりも綺麗でずっと大きいのかもしれない。そう思うと、少し楽しみが増えた気がした。 


「あの子も、見たことあるのかな」


 もしも、あの子にこの景色を見せられたなら。

 もしも、世界中の景色を見せることができたら。 

 そうすれば、あの子の中にも一つ、幸せと思えるものが出来るんじゃないかって――


「やめよう」


 今、必要なのは食事を探すことだ。旅を楽しむことじゃない。

 先に進もう。そう自分の気持ちに蓋をして、長く続く道を歩き続けた。

 それにしても、今日は凄く静かだな。考えてみれば、獣の鳴き声も野鳥のさえずりも聞こえなかった。風の音が目立つくらいだ。


 外の空気はあまりに静かだった。

 静かすぎた。


「オ悩ミデス、マスネ?」


 それが異変だと気づくのが、出遅れてしまうくらいに。

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