第十八話
「出来たよ」
「……ほんとに、いいんですか?」
「いいよ。切り取って焼いただけだけど」
ひびの入ったお皿に焼いた獣肉の切り身をよそう。生活に必要なものは揃えてたんだな、と感心しつつ、やっぱり新調してあげるべきなんじゃ、と思ったりもする。せめて、生活に必要なものくらいは綺麗にしてあげたい。
「調味料とかある?」
「い、いえ……そういったものは用意できてないですね」
「わかった。じゃあ、ちょっと待ってて」
物を詰め込んでふくれた鞄に手を入れて、お目当てのものを探す。これかな。
取り出せたのはフタの付いた小瓶。中には……うん。お目当てのやつは入ってる。小瓶を一振りすると、フタの小穴から粉末が手のひらに落ちた。舐めとってみる。うん、しょっぱい。
「これを使おう」
「……ひょっとして、胡椒ですか?」
「そ。普通のお肉もおいしいけど、やっぱり疲れた時にはスパイスが効いたヤツがいいよね」
二人分の切り身にコショウを振りかける。入れ過ぎるとムカムカしちゃうから、微量だけ。うん、いい匂いしてきた。ちらりと少年を見やると、コショウ入りの切り身をソワソワと覗き込んでいる。そうよね、お腹空いたよね。
「よし、お肉はたくさんあるから。今日はいっぱい食べれるよ」
そういうと、ほんの一瞬だけ目をキラキラさせて、すぐに申し訳なさそうな顔でこちらをチラチラと見る。
「あの、本当に。ここまでしてくれて。ぼく、何をお返ししたら……」
「お返しなんて求めてないけどねえ」
「いや、でも流石に気が引けると言いますか」
律儀な子だなあ。
「じゃあ、こうしよう。このお礼の代わりに、何でも一回言うこと聞いてよ」
「えっ」
少年はわかりやすく取り乱すと、一歩引いて、いやいやと手を振った。
「怖気づいた?」
「いや、そんなことはっ。でも、ぼくがやれることなんて、ほとんど無いですよ?」
「それを決めるのはわたしだよ。ふふーん、疲れた時に肩もみでもお願いしようかな。でもなあ、せっかく何でもやってくれるわけだし」
ちらり、と見る。うん、申し訳なさそうにしてない。そう、それでいいの。どうしようって悩むくらいでいいんだ。後ろめたい気持ちばっかり抱えていると、身動きが取れなくなってしまうんだ。それくらいなら、悩むくらいでちょうどいい。
「で、どうかな?」
「は、はい。わかりました。ぼくなんかに出来ることがあれば、やらせてもらいます」
「じゃあ、どうぞ」
「……ありがとうございます」
少年は遠慮しがちにお皿を受け取った。本当はぼくなんか、って言うのもやめて欲しいんだけどね。多くを求め過ぎたらいっぱいいっぱいになっちゃうし、これくらいで許してやろう。
「座らないの?」
「いや、この椅子はアンジェリカさんにお座りいただくもので」
椅子は一つしかないから、もう一人は気まずくなってしまう。それなら、こうするしかないか。
「よし、ちょっと待ってて」
そう言って、わたしは外に出て、近くの木に向かって魔法を詠唱、切り倒した。それから成形して丸太の椅子を作り上げる。出来上がった椅子を彼の家に持ち帰って、
「よし、準備できた」
「えっ、その椅子……ご自分で?」
「うん。魔法で切り倒したらすぐ作れたよ。君だったらすぐに出来るかもね。あと、それずっと持ってたら大変じゃない?」
「あっ」
ずっと持っていたんだろう。慌てて少年は手に持ったお皿をテーブルに乗せ、椅子に座る。わたしの分も一緒に置いてくれた。よし、食べる準備は整った。
「食べよっか」
「はい」
今日も無事、生きられたことに感謝して、一緒に手を合わせる。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
◇◇◇
食事を終えて、寝息が聞こえる。
窓から空を見上げると、お日様はすっかり沈み切って、ひっそりとした夜を迎えていた。雪がぽつぽつと降りはじめ、冷えた風が頬をなでた。
「今日も、泊まっちゃったな」
たくさんお肉を食べたからだろうか、しばらくすると少年はふらふらと寝床に沈んでいった。それからはぐっすりの様子だ。少しは元気になれるといいな、なんて眺めながら次のことを考える。
出発はいつにしよう。
旅に期限はないけど、ずっと居るなんてできない。終わらないということは、ロイの夢を、わたしの夢を諦めるということだ。
ロイを空に飛ばせる。具体的に何をすれば、なんて手段は思いついていない。でも、もしロイの記憶をたどって、何か思い出の品とかが見つかれば、空に届けてみるのはどうだろう。くらいには考えている。
「何を届けるか、か。そういえば、ちゃんと考えたことなかったな」
いきあたりばったりで始めた旅。よくよく考えたら気持ち一つでよくここまで来れたものだ。自分でもすごいな、と少し笑いそうになった。せっかく気持ちよさそうに寝ているから我慢しないとだけど。
「いつかは、別れなきゃ。なのかな」
やめちゃいなよ。なんて言ってみたけど、きっとこの子は責任から使命を果たすため頑張ろうとするのだろう。ただでさえ生きるのに必死だというのに、魔王を倒そうと死力を尽くすのだろう。
『あいつらは、我々の幸福を奪おうとした魔女だ!! 息子が選ばれたからといって、息子かわいさに英雄という責務を放棄させようとした重罪人だ!!』
お父さんの言葉を思い出す。そして、過る。罪ってなんだろう。
こんなに小さな子に重たすぎる使命を与えて、ひとり危険な旅に出させる。そうして魔王を倒せたところで、結局は命を失ってしまう。
そんな悲しい運命を妨げることが、重罪と言われるこの世界。
「……わかんないよ」
出会って二日ぐらいの少年。そんな見ず知らずにも等しい子供のために、世界を敵に回せるのか。命を懸けることができるのか。
こんな天秤なんていらない。実体があれば今すぐにでも投げ捨ててやりたい。でも、捨てることはできない。これが向き合おうとしている現実なのだと思い知った。
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