第十七話
怪鳥は金切り声を上げると、ぐん、と前のめりに突進。針のように尖ったくちばしが狙いを定め、わたしに向いた。滑るように降下して、縦に伸びたシルエットが空を隠す。
……わたしだって強くなった。魔法だって、たくさん覚えた。やるしかないんだ。
「守れ!!」
手をかざすと、現れたのは半球上の膜。その瞬間、ギィン、と鈍い音を立てた。膜はぼろぼろと崩れ落ちる。その隙間から怪鳥の赤黒い瞳がこちらを凝視していた。思わず身構える。
かと思えば、今度は翼をはためかせ、上空へと飛翔。空から見下ろすと、すぐにわたし目掛けて急降下。必死に膜を作って防ぐが、矢継ぎ早に何度も突っ込んでくる。息つく暇もない。
「守れ!!」
守れの手早さでなんとかなってる。こんな連撃、壁を作れだと絶対受けられない。でも、このままだと押し負ける。待っていたらやられる。だから、仕留める一撃を用意する。自分の身は自分で守るんだ。
「周囲に壁を作れ!!」
周りの地面がずずず、と盛り上がる。それから成形された土壁を組みあげると、頂上以外を覆い切るまで高く伸びた。その裏でわたしは、ある詠唱を唱える。メイク系統は時間がかかるけど、一言で終わる魔法に比べれば、ずっと質が良い。だから守れよりも、ずっと堅い。
それを示すように、怪鳥も何度か土壁を攻撃していたが、結局壁を破ることができず、奇声と共に上空まで飛び上がった。そして、もう一度赤黒い目がわたしを見つめた。
にやり、と目を細めて。
「ギィィィィィィィィィィィィィィィィ!!」
耳を刺すような金切り声が、一帯に響いた。
「うるさ……!?」
それから、すぐ。怪鳥は穴の開いた頂上目掛けて急速に降下した。
問題ない、今度はちゃんと準備万端。詠唱で作り上げた、わたしの背丈ほどの槍に手をかざし、
「燃えろ」
槍の先端はごうっ、とうなる音を立てて燃え始めた。炎が浸食し、槍全体に行きわたろうとした。そのタイミングで、わたしは槍を空に向かって構え、迫る怪鳥に照準を合わせた。
「放て!!」
槍は一直線に空目掛けて射出。風を切るような速さで怪鳥目掛けて突っ込んだ。
トップスピードに乗ると怪鳥は避けることもままならず、槍は貫通。勢いを失った怪鳥は、力を失ったように落下。ずしん、と音が一体に響いた
「穴を開けろ」
土壁に手をかざし、穴を開ける。目の前には体に穴を開けて息絶えた怪鳥の姿があった。そこでようやく緊張の糸が切れて、
「……っ、はぁ~、よかったぁ」
膝から崩れ落ちた。足に力が入らない。
うん。やっぱり、いつまで経っても戦いは慣れない。生き延びたことに感謝しながら怪鳥の死体に目をやった。力が無ければ、わたしがこうなっていた。
それでも止まってはいけない。旅に出るからには生きて帰らないと。託されたものが全部無くなっちゃうから。
「……ご飯、手に入れなきゃ」
もう一度立ち上がり、気を引き締めて獣を探す。魔獣と獣の一番の違い、それは目の色だ。あとはどう猛さ。何がどうして魔獣が生まれるかはわからないが、魔獣というのはこぞって目の色が赤黒く変色している。一見小さくてかわいげのある獣でも、凶暴性は随一。油断すると痛い目を見ることになる。
「はあ、耳長の白うさぎとか、大変だったよなあ」
思い出すのは、垂れた耳が特徴的な白い体毛のうさぎ。雪原で見かけた時はかわいいなあ、って目で追っていたけど、相手が悪かった。目が合うと、それは赤黒い目をしていた。小さな口がぱっくりと大きく開くと、耳が痛くなるような叫び声で襲い掛かって来た。慌てて魔法で退治したから済んだけど、冒険記とかで魔獣の特徴を知ってなかったら、もうひどい結果が待っていたかもしれない。
「そうならないように、目の色はちゃんと気を付けないと、ね」
あと、なんか食べるのはちょっと気が引けるし。
それから辺りを歩き続けると、雪原で見かけたような獣の群れを見つけた。雑草を食べているらしい。まるまるとしている。茶色くてモコモコした毛皮は防寒着にも使えそう。のっそりと現れたお宝を前に、わたしはそっと道端に転がっていた木の枝を拾う。それから小さな声で魔法を唱え、尖った挿し木を作る。そして、放てを詠唱。挿し木は獣の体を貫き、そのままゆっくりと倒れた。
残った獣は一目散に逃げだして、すぐにその場からいなくなった。残った獣の死体はわたしを二回りほど大きくした巨体だった。これだけあれば、飯も何日か持つはず。あとは、移動して少年の家に運ぶだけ。
使うのは、魔法書を読んでいたら偶然見つけた魔法のひとつ。
「浮け」
獣の体に手をかざすと、ゆっくりと大きな体がほんの少し宙を浮いた。
そのまま浮かせた状態を維持しつつ、少年の家を目指す。
気が抜けると獣の体が落ちてしまうので、浮いた状態をひたすら念じる。できるだけ早く終わらせたい、集中力が無くなるまえに。緊張が走る。
がさっ、と音がした。音の方を見ると、小さな獣がじっとこちらを見ていた。目の色は、うん黒い。大丈夫だ。気に留めるのをやめて帰路を歩く。
「ふう」
自然というのは綺麗で残酷だ。わが物顔で振る舞えば、途端に恐ろしいものが命を奪い去る。わたしだってそうだ。狩りをするときは命を奪う側だが、油断をすればあっという間に魔獣に喰われるだろう。ひょっとしたら、別の生き物も餌として見ているかもしれない。
だから、油断なんて出来ない。息をついても、すぐに気を取り直す。それが、わたしが旅で学んだ自然のルール。それを忠実に守ったお陰だろうか、危ないことは特に起きずに、少年の家にたどり着いた。
魔法を解除して、入り口近くに獣の体を置いた。そして、扉をノックする。
すると、ゆっくりと扉が開かれて、少年が隙間から顔を覗かせた。隈が少し薄くなった気がする。ちゃんと眠れたのかな。
「アンジェリカさん……その後ろのは?」
「今日の収穫だよ。焼いて食べよう」
そう言うと、少年は珍しく表情をくずして、驚いた顔をした。それからすぐに申し訳なさそうに、「ほんとうに、いいんですか?」と尋ねてきた。
ここまで来たら断りようもないと思うんだけどね。少年っぽい仕草がつい笑えてしまって、
「いいよ。一緒に食べよう」
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