第十一話
空の中でたくさんの雲が泳いでいる。ぷかぷかとゆったり進む姿にうらやましさを覚えつつ、あんな風に空を飛べたならどんな気持ちなんだろう。そう思いながら、地べたに座り込む。陽ざしも少し強くなってきた気がする。
「……お腹、すいた」
わたしは雲ではないらしい。残念なことに、ご飯を食べないと死んでしまうし、お空の向こうをうらやましがったところで、お腹が膨れる訳でもない。
そこらの木から枝でも取って作ってみることも考えた。しかし、糸がない。服からなら取れるけど、流石に気が引けた。だって、もともと人のだし。
そう考えると、本当にわたしなんかが持ち出して良かったのかも申し訳なくなってきた。
「……おなか、すいた」
それでも、やっぱりお腹はすいてしまう。すいてしまうの、ほんとうに。
これ以上現実逃避してると本当に飢え死んでしまいそうなので、魔法学の本を鞄から取り出す。なんでもいいからヒント……空の雲なんかよりずっと早く目を泳がせてページをめくっていく。
「あ」
そうだ。
魔法で使う詠唱って本当に色んな種類のものがある。今回使ったメイクの詠唱もその中のひとつだった。あれは確か、ロイの家を見つけて一月経たないくらいだったか。本の言語が何で書かれているのか全くわからなかったから、一番わかりやすそうな魔法をひたすら探してたんだっけ。その中の一つが姿を隠せだった。
「懐かしいなあ、ここって読むの本当に大変だったんだよね。しかも実は旅で使い道がなかったりして、ね……」
長い詠唱だったから、さぞ凄い魔法だと思ったんだけど、実際は畑に水やりする、とかいうピンポイントすぎるものだったんだ。さすがにヘコんだ。
「って、また脱線しちゃった。」
今はご飯のため、ちゃんとしなきゃ。
もう泣きたくなってきたけど、今この場で自分の為にがんばれるのは自分しかいない。気を取り直して、本の中を一ページ一ページ読み解いていく。はずだったが、急に突風が吹いた。ページがめくれるのを慌てて止める。もうバサバサで、前見てた場所は分からなくなってしまった。本当にがっくりした。
「……そこで、これかあ」
偶然開かれたのは攻撃魔法のページ。苦手なのもあって何度も見返した内容のところだった。確か、攻撃魔法とは。というものだ。思い出すように文字をたどりながら読み進めていく。魔法には攻撃魔法と支援魔法の二種類がある。そのうち、支援魔法は自分や仲間の身を守るためのもので、攻撃魔法は文字通り敵を倒すための魔法。という説明だった。
「濡らせ」
魔法が発動すると、指先に小さな水泡が現れて、ぱちゃんと落ちた。指はしっとりと濡れている。ああ、そうか。今のわたしはこれしか身を守る方法が――
「ん?」
ちょっと、待って。
「濡らせ」
ぱちゃん、指先が濡れた。
「濡らせ」
ぱちゃん、指先がより濡れた。ひょっとして――
「……水を造れ」
すると、目の前でしゅるしゅると水滴が集まり、まるまるとしたにぎり拳ほどの水泡が出来上がる。完成した、かと思えばそのまま地面に落ちてはじけた。
「そうか、そういうことか」
攻撃魔法に苦手意識を持っていたのは、唱えられたとしても大した結果にならなかったからだ。でも、こうして支援魔法と使い比べたらハッキリ分かる。
「……スピード、それに正確さだ」
攻撃魔法はスピードが速い。その代わり、即興だからだろうか。出来上がりがなんというか、思ってたのと違うことが多い。
支援魔法はずっと使ってたからか覚えたら使いやすいけど、攻撃魔法は詠唱を知っているのに、形になりずらい。だから集中してイメージをちゃんと作ってから――
「そっか」
最初から、作っておけばいいんだ。イメージを。
となれば、後は当てはまる単語を見つければ良い。出来るだけわかりやすくて、強くて、すぐに覚えられるやつ。
それからは夢中で攻撃魔法の章とにらめっこし続けた。早く、早く見つけなきゃ。そうしている内に日差しが弱まり始める。時間が無い、このままだと夜になってしまう。何か、何か――
「見つけた」
よし、イメージも多分バッチリ。後は下準備を済ませるだけだ。
もしものことを考えて川に向かって手をかざす。
「水を造れ」
ふわふわと拳ほどの水泡が浮かび上がる。まだ崩しちゃダメ。ここから、さらに魔法を加えるッ。
「針状に変えろ」
詠唱を唱えると、水泡は薄く伸び始め、小さく凝縮。そして、一本の針を作り出した。その締めを攻撃魔法で――
「放て!!」
すると、水で出来た針は一瞬で水面を渡り、強烈な飛沫をあげて遠くへと消えていった。的のことなんて考える余裕なかった、でも前に進んだ。後は、これを魚に当てるだけ、なんだけど。
「……さすがに無理、普通に持たない」
いや、ちょっと待って。最初からモノを用意すれば良いんだ。
足元に転がる小石を手に取り、前に向ける。想像するんだ、一発で魚を仕留められるような一撃を。そんな思いが伝わったのかはわからない、照準が定まった途端、
水面から魚が飛び出す。
「放て!!」
小石は目にも止まらない速さで射出。飛び跳ねる魚の胴を打ち抜いた。対岸の原っぱに追い出された魚は穴が開いたまま、ぴちぴちとその場でしばらく跳ねて、動かなくなった。
「や、やった。こ、これっ。これならいけるかもっ」
指先を濡らすしか出来なかったのに。それが、ついに魚を取れるほどの武器に変わったんだ。嬉しくなったあまり、その場で手足を広げて寝転んだ。
「はー、よかった。あ」
仰向けのまま後ろを見た。ぞわりとした。
ソレは真っ黒で、四つ足で、赤黒い目にわたしを映した――
「魔獣」
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