第165話 獣の昂り
――戦場は、まだ終わらない。
暗夜ヒトデが崩れ落ちた、その一方で。
別の“圧”が、荒れ狂っていた。
「……硬すぎる……!」
誰かの声が、歯を食いしばるように漏れる。
グラヴィオス。
重厚な外殻。
まるで岩塊のようなその巨体が――
暴れていた。
ドォンッ!!
突進。
それだけで、戦線が押し潰される。
「止めろ!!正面受けるな!!」
ネーレウスクランのシルバー級が叫ぶ。
散開。
側面へ回り込み、斬撃と遠隔攻撃を叩き込む。
だが――
ギィンッ!!
弾かれる。
「チッ……!」
「全く通らねぇ……!」
確実に当てている。
だが、通らない。
装甲が――厚すぎる。
♢
「……随分、手こずってるわね」
グレイスは、静かに目を細めた。
俯瞰で見れば、一目瞭然だった。
ネーレウスクランのシルバー級が中心となり、
戦線は維持している。
だが――
“押し切れていない”。
むしろ、じわじわと削られている。
「数も減ってきてます」
アッシュが、低く告げる。
「すでに十名ほどが離脱。
負傷、もしくは魔力欠乏です」
冷静な分析。
だが、その内容は重い。
♢
「ぐっ……!」
前線。
ひとりのシルバー級が、
弾き飛ばされる。
ドォンッ!!
水中を転がる。
「くそ……!」
すぐに立て直そうとした、その時。
グラヴィオスが――止まった。
そして。
――ブォォォォン……
低く、不気味な音。
その巨体から黒ずんだ魔力が
“滲み出る”ように噴き出す。
水が、濁る。
周囲の流れが――歪む。
「……なんだ、あれ……」
誰かが、呟いた。
次の瞬間。
ズドンッ!!!
突進。
さっきまでとは、比べ物にならない速度。
「なっ――!?」
回避が、間に合わない。
直撃。
複数のシルバー級が、
一斉に弾き飛ばされる。
「ぐあああッ!!」
「防げ――ッ!」
ドォンッ!ドォンッ!!
衝突音が連続する。
魔力膜が、軋む。
そして――
バキィッ!!
「……っ!?」
ひとりの膜が、砕けた。
「魔力膜が……!」
続けざまに、もう一人。
「くっ……!」
限界。
耐えきれない。
「すぐ救助しろ!!撤退させろ!!」
叫びが飛ぶ。
前線が――崩れかける。
♢
「……あっちは、劣勢になりつつありますね」
アッシュが、静かに言う。
その視線の先。
押し込まれる戦線。
増えていく離脱者。
このままでは――
持たない。
その時。
「……」
エクセイルが、一歩前に出た。
無言で。
だが、確かな意志を持って。
「お、おい」
バルバスが眉をひそめる。
「エクセイル?」
呼びかける。
だが――
止まらない。
エクセイルは、振り返りもしないまま。
ただ一度だけ。
ちらりと、バルバスを見た。
その目。
「……昂ってきてるんだ」
口元が、わずかに歪む。
「ノー・アイズ戦前のウォーミングアップだ。
オレにやらせてくれ」
それだけ言って――
前へ。
グラヴィオスの戦線へと、
歩を進める。
♢
(……あらあら)
グレイスは小さく笑った。
理由は、分かっている。
さっきの戦い。
ナナミ。
あの一撃。
あの成長。
(触発された、ってところかしら)
ああいうタイプだ。
自分より下だと思っていた存在が、
目の前で結果を出すと――
黙っていられない。
「行ってもらいましょう」
グレイスは、あっさりと言った。
「どちらにしても」
視線を戦場へ戻す。
「そろそろフォローの人員、回さないと厳しいわ」
事実。
戦線は、限界に近い。
「……チッ」
バルバスが、頭を掻く。
「しゃあねぇな……」
そして、ニヤリと笑う。
「好きに暴れさせてやれ」
暗夜ヒトデを仕留めた今……止める理由は――もうない。
エクセイルは、止まらない。
その背にあるのは――
闘志。
そして。
わずかな、焦燥。
――戦場は、さらに熱を帯びる。
⸻続く




