第7話 個室のPhantom Rouge
VIPルームの分厚い扉が背後で重く閉ざされ、錠の落ちる冷たい金属音が響いた。
フロアの派手なネオンは遠のき、部屋の中には散乱したガラス片と、ユウキの荒い呼吸だけが満ちている。
「な、なんなのよあんたら! 警察呼ぶわよ! 金なら……金なら払えばいいんでしょ!」
喚き散らしながら出口へ駆け出そうとしたユウキの進行線上に、レンブラント中佐が音もなく長身を滑り込ませた。
「おっと」
わざとらしく突き出された硬質なブーツの爪先。
ユウキの足が引っ掛かり、派手なドレスのまま無様に床の絨毯へとダイブする。
「あぐっ――」
顔面を打ち付けたユウキが起き上がる暇など、最初から与えられていなかった。
床に投げ出されたユウキの右手を、レム判事の磨き抜かれた革靴のヒールが無慈悲に踏み抜く。
メキリ、と嫌な骨の軋みとともに、レム判事は体重を乗せて踵をグリグリと無慈悲に捩じり込んだ。
「ひぎゃあああッ! いた、痛い痛い痛い!!」
「品がないですね」
眉一つ動かさず、レム判事は冷徹な菫色の瞳で見下ろしながら、今度は左足の爪先でユウキの側頭部を絨毯に押し付け、さらにグリグリと踏み躙った。美しい白のジャケットには、飛び散る埃ひとつ付いていない。
そこへ背後からレンブラント中佐が歩み寄り、チェック柄のネクタイを指先で整えながら、黒い革靴の底をユウキの背骨の真上へと落とした。
グシャアッ!
「ぐえッ……!」
背中を靴底で深く押し込まれ、肺の空気を強制的に吐き出させられたユウキが、泥水のような泡を口端からこぼす。
「闇に堕ちたパチモンシンデレラめ」
レンブラント中佐が低く冷酷な声音で吐き捨て、踏みつける足の力をさらに一段階強めた。
「フフッ、パチモンシンデレラというより地雷の妖精、ジラエッティ」
レム判事が菫色の瞳を細め、愉悦を孕んだ冷たい笑みを零す。
「なーるほど、他者を食い潰すクソダニな女か」
レンブラント中佐の冷笑とともに、さらに背骨へ容赦のない圧力が加わる。床に縫い止められたユウキは、先ほどまでの傲慢な女王の面影など微塵もなく、ただ血と涙に塗れて床を這いずるだけの肉塊へと成り果てていた。
VIPルームの空気は、さらに冷たく張り詰めていた。
床に這いつくばったままのユウキの前に、レンブラント中佐が優雅な手つきで一脚の革張りチェアを引き寄せる。レム判事は流れるような所作で腰を下ろし、黒のズボンを美しく整えて足を組んだ。その磨き抜かれた革靴の爪先が、ユウキの鼻先わずか数センチのところで静止する。
「さて、『0円女王様』」
レム判事は白のジャケットの袖口を正しながら、菫色の冷徹な瞳で見下ろした。
「状況の整理はつきましたか? 貴女が友人の口座から掠め取った金額、その手口の浅ましさ、そしてここ【エデンの園】で垂れ流した虚栄の数々……すべて記録として揃っています」
「ひ、ひぃ……言うこと聞くから、言うこと聞くから許してぇ……!」
先ほどまでの傲慢な態度はどこへやら、ユウキは床に額を擦りつけ、みっともなく震え声で命乞いを繰り返す。だが、その懇願すら二人の処刑人にはただのノイズに過ぎない。
レンブラント中佐が背後からユウキの肩を靴底で軽く小突き、逃げ場を完全に塞いだ。チェック柄のネクタイを弄びながら、知的な声で淡々と告げる。
「許す、ですか。他人の生活と信頼を食い荒らしておいて、自分の番になった途端に被害者面とは……実に底が浅い。中身のないプライドをいくら膨らませたところで、破裂した後はただのゴミ屑だ」
「中佐、ゴミ屑にすら失礼ですよ」
レム判事が薄く冷笑を浮かべ、胸ポケットからユウキのスマートフォンを取り出した。画面には、彼女がSNSや裏アカウントに書き連ねていた、自己愛と他者への蔑視に満ちた痛烈なポエムの数々が表示されている。
「さあ、ジラエッティ。貴女のその肥大化した自己承認欲求を、今ここで自らの口で清算していただきましょうか」
レム判事の手から滑り落ちたスマートフォンが、ユウキの目の前の床にカツンと乾いた音を立てて転がった。
「読みなさい。貴女がこれまで他者を踏み台にして紡いできた、その愚劣な言葉のすべてを」
レンブラント中佐の冷たい視線が頭上から突き刺さる。逃げることも、ごまかすことも許されない、完全なる精神的解体の幕が上がろうとしていた。




