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第5話 クラブPhantom Rouge

 重厚なマホガニーの扉が、音もなく内側へと開いた。

 一歩足を踏み入れた瞬間、外の湿った夜気と街の喧騒は完全に断ち切られた。漂うのは、ビターな煙草と上質な革、そしてかすかな沈香の香り。照明は極限まで落とされ、真紅と黒のベルベットで統一されたサロンの奥には、外界の法律や倫理が一切通用しない「絶対的な静寂」が支配していた。

 息を詰まらせるユキコ、アキコ、ミサトの前に、三つの影が佇んでいた。


 フロアの中央、黒革のハイバックチェアに深々と腰掛け、細い煙管きせるから紫煙をくゆらせているのは、この館の女主人――ミストレス。その冷艶な眼差しは、入ってきた三人衆を一瞥しただけで、彼女たちが抱えてきた憎悪の純度を見定めていた。

 その両脇に控える二人の男たち。

 向かって左には、白のジャケットに漆黒のシャツを纏った、菫色の短髪の紳士。眼鏡のない、透き通るような菫色の瞳で三人を見据えるその怜悧な顔立ちには、すでに獲物の罪状を測り終えたかのような冷徹な笑みが浮かんでいる――レム判事。

 向かって右には、黒の現代的なジャケットに白ワイシャツ、整然と結ばれたチェック柄のネクタイを締めた、同じく菫色の短髪の男。知的な佇まいでありながら、その鋼のような立ち姿と底知れぬ冷酷さを宿した菫色の双眸は、処刑人としての鋭利な気配を隠そうともしていない――レンブラント中佐。


「ようこそ、Club Phantom Rougeへ」


 静寂を破ったのは、低く澄んだレム判事の声だった。まるで法廷の開廷を告げる鐘のように、静かにフロアへ染み渡る。


「ずいぶんと重い手土産をお持ちのようだ。……そこのテーブルへ」


 レンブラント中佐が顎で、中央のガラスローテーブルを無造作に指した。

 ミサトが一歩前に出ると、震える指先を抑えながら、鞄から取り出した分厚いクリアファイルをテーブルの上に置いた。続けてユキコとアキコも、不正送金の記録、改ざんされたメッセージの魚拓、抜かれた金額を時系列でまとめた克明なリストを並べていく。


「……ユウキ・ナガサト。私たちの友人を名乗る女です」


 ミサトは震える声を押し殺し、真っ直ぐにミストレスと二人の男を見据えた。


「私たちの善意と口座を食い潰し、今この瞬間も【エデンの園】で私たちの金をシャンパンに変えて笑っています。『自分は天才だ』『難しいことはわからない』と嘯きながら」


 レム判事が革の手袋をはめた指先で、書類をパラパラとめくる。菫色の瞳が、ずらりと並んだ不整合な数字と、ユウキが送信した「金持ってるから私を見て!」「ふざけんじゃなわよ!」といった無様なメッセージの数々を淡々とスキャンしていく。


「ふむ……」


 レム判事は冷たく口角を上げた。


「『0円女王様』ですか。中身のないプライドだけを限界まで膨らませた、救いようのない空洞だ。法で裁けばせいぜい数年の懲役で被害者面をして終わり……社会の側が匙を投げるのも無理はありませんね」

「実に不潔で、浅ましい寄生虫だ」


 レンブラント中佐が吐き捨てるように呟き、手袋の革をキュッと鳴らした。


「他人の肉を喰らって肥え太った豚が、エデンで神を気取っているわけか。……虫唾が走る」


 ミストレスが煙管の灰を銀のトレイに落とし、静かに三人へ視線を向けた。


「貴女たちの怒りと、差し出されたこの記録。確かに買い取りましょう」


 その一言が落ちた瞬間、サロンの空気が絶対零度へと凍りついた。レム判事が書類をパチンと閉じ、レンブラント中佐が冷酷な笑みを浮かべてジャケットのボタンを留め直す。


「さて、中佐」


 レム判事が菫色の瞳を細めた。


「偽りの楽園で踊る地雷の妖精に、本物の『現実』を教えて差し上げるとしましょうか」

「了解です、判事」


 レンブラント中佐の足元で、硬質な革靴がコツリと冷たい音を立てた。


「その薄っぺらな頭蓋ごと、地面にめり込ませてやりますよ」

 復讐の契約は結ばれた。

 狂乱のホストクラブへ向けて、二人の冷酷な執行人が音もなく動き出す。

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