第3話 裏社会のクラブ
店内の喧騒から切り離されたように、三人の声のトーンはさらに一段低くなった。
ユキコが周囲を窺いながら、鞄の奥から一枚の黒い名刺を取り出し、テーブルの真ん中に滑らせる。漆黒のマット紙に、銀の箔押しで記されているのは、一輪の真紅の薔薇を模した意匠と、ただ一言の店名だけ。
Club Phantom Rouge
「……これ、どこで手に入れたの?」
アキコが息を呑み、名刺の端を恐る恐る指先で押さえる。
「夜の街でバーをやってる、昔からの知り合いがいるでしょ。あの人が教えてくれたの」
ユキコは冷めきったアイスティーのグラスを指でなぞりながら、囁くように言った。
「表向きは、選ばれた人間しか入れない会員制の高級サロン。でも裏では……警察も手を出せないような『法と理屈の外側にいる害虫』を、跡形もなく処理する処刑場なんだって。社会の側が匙を投げた、どうしようもない連中を専門に引き受ける掃除屋」
「掃除屋……」
ミサトが眉をひそめ、名刺の文字をじっと見つめる。
「本当に動いてくれるの? 相手はただの図々しい地雷女よ。裏社会の大物が相手にするような大悪党ってわけじゃない」
「逆よ、ミサト」
ユキコの瞳が、冷たい光を宿して据わる。
「その知り合いが言ってたわ。『本物の悪党よりも、自分が悪人だとすら自覚していない寄生虫のほうが、あの館の支配人たちの好物だ』って。特に、他人の好意を食い潰して肥え太った空っぽなプライドを、粉々に踏み砕くのが大好きな連中が集まってるってね」
「……あそこにいるのは、どんな人たちなの?」
アキコの問いに、ユキコは知り合いから聞いた言葉をそのまま落とし込むように答えた。
「菫色の瞳をした、氷のように冷徹な紳士たちよ。裁判官を気取る美しい男と、軍人のように冷酷な処刑人。彼らの前に引きずり出された人間は、金も、嘘も、プライドも、文字通り骨の髄まで暴かれて、二度と元の顔では笑えなくなるらしいわ」
テーブルの上の黒い名刺が、重苦しい現実の重みを持って三人を見つめ返しているようだった。
「法で裁いても、あの子はきっと反省しない。『ちょっと借りただけなのに酷い!』って被害者面して、また次の獲物を探すだけ」
ミサトが静かに名刺を拾い上げ、手帳の間に挟み込んだ。
「あの子には、自分の足元がどれだけ深い闇の上に浮いてたのか、その身で思い知らせてやる必要がある」
三人の覚悟が決まった瞬間だった。ジブリのような無邪気な日常のすぐ裏側で、冷酷なノワールの扉が音もなく開かれようとしていた。




