第10話 護送中
スモークが深く貼られた漆黒のリムジン。外界の街明かりは完全に遮断され、車内には冷え切った空調の低い唸りだけが満ちていた。
革張りのシートの足元、泥のように丸まって震えるユウキを見下ろしながら、レム判事は白のジャケットを崩すことなく、優雅に足を組み替えた。その菫色の瞳には、獲物を観察する冷徹な知性だけが宿っている。
「さて……」
レム判事の手袋をはめた指先が、ユウキのスマートフォンの画面を無造作にタップした。青白い光が、暗がりの中でユウキの怯えきった顔を照らし出す。
「館に着く前に、少しばかり予習をしておきましょうか。貴女が裏アカウントや鍵付きの日記アプリに、せっせと書き溜めていた……この、実に味わい深い『作品群』についてです」
「や、やめて……! 見ないでぇ……!」
ユウキがみっともなく手を伸ばそうとした瞬間、レム判事の革靴の爪先がその手首を軽く、だが的確に床へ縫い止めた。
「静かに。――『残高ゼロは、私が世界を愛した純粋さの証明』」
レム判事の滑らかで美しいバリトンボイスが、車内に響き渡る。まるで法廷で重大な証拠品を読み上げるかのような、無駄に格調高い朗読だった。
「『奪うのではない、私は愛されるために口座を開放しているだけ』『世界が私に追いつかない、凡人たちよ、私の孤独な光に跪け』……ほう」
レム判事は片眉をわずかに上げ、菫色の瞳にゾッとするような愉悦の笑みを浮かべた。
「これはまた、救いようのない肥大化した空洞ですね。他人の金を掠め取る泥棒行為を『世界の愛』とすり替え、財布が空なのを『純粋さ』と言い張る。ただの図々しい寄生虫が、言葉を覚えたての子どものように気取っているだけだ」
「ひっ……うぅ……!」
顔から火が出るほどの屈辱と恐怖で、ユウキは耳を塞ぎながら涙と鼻水を垂らして身悶えする。
「泣くのはまだ早いですよ、ジラエッティ」
レム判事はスマートフォンの画面を消し、冷たい光を宿した瞳でユウキの頭頂部を見据えた。
「館には中佐も合流します。そこではこの素晴らしいポエムのすべてを、貴女自身の声で、一言一句間違えずに朗読していただきますからね。……発声の練習でもしておくことです」
滑らかな加速とともに、リムジンは夜の闇のさらに奥深く、Club Phantom Rougeの地下へと音もなく沈んでいった。




