第3話
石の詰まった布袋は私の腕の先で、空気を裂く音も響くほどの勢いで弧を描いた。プライドかなにかで手下をボス扱いされたことが許せなかった大男の顎目掛けて、その軌跡は迷うことなく向かっていったが、しかしすんでで躱された。
男は猛突進をくじかれたので、そのまま後頭部を叩きつける形で倒れそうになった。事の成り行きを見守っていた寡黙な男はそれを支えようと走り出すも、大男の体重を支え切れず二人で倒れる形となった。
野次を飛ばしていた小物のような男はそれを見て、私たちに向き直る。
「クソ女……っ」
その時だった。私に庇われる形で後ろにいたエイミーが一歩踏み出し、拳を振りかぶる男の前に立った。
「愛、あぶな」
『――フィレ』
ほっそりとした呟きのあと、目の前がまばゆく光った。同時に頬に暖かさを感じて、なにが起こったのか理解する間もなく、エイミーが私の手を引いて走り出した。
走りながら、エイミーは男たちに呼びかける。
「後ろに50メートルほどゆけば、川があります!」
エイミーがそう言うのを尻目に、私は男たちの束を見た。野次を飛ばし、そして私たちに拳を振り上げていた男の服が、轟々と燃えていたのだ。
火のないところに煙は立たぬ。しかしいま、火種のないところに火が起きた。
私は駆けながら、エイミーの細い指の感触を確かめていた。私はやはり、まるで知らない世界に来たのかもしれない。どのように来たのかも、それまで何をしていたのかも具体的に思い出せないまま、砂と土のにおいに溢れた森の中にいる。
運命がまた私になにか、醜悪な感覚を与える。
-----
走り続けて息も切れる頃、ようやく森を抜けた。森を抜けたとて安心はできないと言い、エイミーには行くあてがあるらしく、まだ私の手を引き続けていた。
歩は緩まっている。だから、手を繋ぎ続ける必要はない。のに、エイミーは私の手を離そうとしなかった。私が少し手の握りを開いてみても、気付く様子はなかった。彼女の心臓の鼓動の速さが、手指の脈を伝わって知らせてくる。
「ねえ、ありがとう。助けてくれて」
エイミーは青い瞳でちらりと私を振り返った。
「とんでもありません。助けていただいたのは、私で……巻き込んでしまいました。ひとまず、私がお世話になっている人のところまで行きましょう」
「ここって、なに?」
人も増えてきた。土埃を上げながら、人々は足早に行き交う。衣装も肌の色も様々だが、気になったのは、誰しも民族衣装のようなものに身を包んでいることだ。歩きながら観察をしていると、ドレスを身に纏う貴婦人もいれば、布切れ一枚で荷物を運ぶ人もいる。現代の日本では見られない光景だと思った。
また、思わず顔を上げる。
森を抜ければ当然、そこには青空が広がっていると思ったが、しかし違った。森を抜けると、そこは洞窟だった。遠い向こうに青空は見えるが、それはこの洞窟の入り口あるいは出口の先に見えるに過ぎず、私がいるのはやはり紛れもなく巨大な土塊の中だった。
「ここがどこかもご存知なく、森の中でお昼寝をしていらしたのですか」
「寝てないよ。目が覚めたらここにいたの」
自分で言っていて、変だとは思った。寝ていないのに、目が覚めるとはなんだろう。しかし、床に付いた覚えはないのだ。
「ここは、竜巣といいます。竜が住処にしていたような山の中の空洞です。だから竜の巣と」
「人が多いね」
「貿易で栄えています。王国の都に繋がる大きな川がここを通るので」
なるほど、だから人種も衣装も様々なのだ。とはいえ、洞窟に住まうなど聞いたこともないが。
外じゃないのに明るいのは、天井に煌々と光を放つ石が埋まっているからだった。さっき奪われかけたエイミーの持っている輝石とやらと同じものなのかもしれない。
「なぜ」
不意にエイミーがまた私を見る。
「でも、なぜ、わたしの名前をしっていたのですか」




