第11話 キャベツ畑にまごころ込めて
真の意味で『食の改革』の一歩を踏み出した、わたし、カエデは喜びのままに厨房で試作を重ね、食堂に訪れるたくさんのお客さんに料理をふるまっていた。あれもいいなぁ、これもいいなぁ・・・なんて考えながら4ヶ月が経とうとしていた。
ベルトラント王国に来てけっこう経ったなぁ。春が過ぎ去り、そろそろ夏の気配がしてくる、そんな時期。珍しく、跳ねる小鹿亭は店休日。食堂のお休みはあっても、宿まで休みなんて、この世界に来て初めてだった。部屋にいても手持ち無沙汰なので、食堂でぼーっと頬杖をついて座っていた。いつもなら、今日は何を食べたいかな?とかあれ食べたいとか行動しているのに。ある意味スランプになったわたしのところへ、ダンさんとアニエスさんが来た。なんだかいつもと違う、そんな気がした。
二人はわたしの向かいに座り、わたしは姿勢を正した。なんとなくそうしなきゃって思ったから。アニエスさんが微笑みながら、こう切り出した。
「カエデ、あんたが来てくれてから、もう4ヶ月が経つね。早いもんだ。うちの、跳ねる小鹿亭はあんたのおかげで繁盛することができた。こんなに毎日お客が来るのは今までなかったよ、嬉しい悲鳴さ。」
わたしは、
「それはお二人がいたからです。だからわたしも頑張れたんです。」
「本当にありがとうね。で、ここからが本題さ。実はけっこう前から二人で考えていたんだ、引退してここを閉めて、田舎に戻ろうってね。」
ダンさんが口を開き、
「そろそろやめよう、そんな時期にカエデがやって来たんだ。俺達には子どもがいなかったから、娘がいるとこんな感じなのかと毎日楽しくなって、辞め時を忘れちまってたんだ。」
アニエスさんはこう引き継いだ。
「あたしの田舎の両親が引退することになってね、実家を継がないかと知らせが来たんだよ。二人で話し合って、今日、ここを閉めることにしたのさ。そして、明日ここを出るつもりなんだ。急な話ですまないね。そこでだ、カエデ、あんたにお願いがある。」
わたしは涙をこらえて、
「はい、わたしにできることなら。」
今度はダンさんが、
「カエデ、今まで頑張ってくれたお礼に、この宿、この土地をもらってほしい。ほかでもない、カエデだから譲りたいと二人で意見が一致してな。」
突然のことと二人からのお願いという名の贈り物に、驚きと戸惑い、感謝の念がこみ上げて何と言ったらいいのか、わからない。
「この宿は取り壊してもらって構わない。というかそろそろ建て替えが必要でな、そうだ、俺たちのお願いに付け加えさせてほしい、ここの改築をな。もちろん、費用は俺たちが負担するぞ。お前だけの素敵な店にしてほしい。」
とダンさんが優しい目でわたしを見ながらそう言った。
「そんなお二人の大事なお金を・・・それに、思い入れのある宿を壊すなんていいんですか?」
「あぁ、ここはもうお前のものだからな、それに、建物は古くなってどちらにせよ建て替えが必要だったんだ。一人じゃ、この宿を維持するのも大変だろう?気にするな、良い機会だったんだよ。」
アニエスさんは続けて、
「大工の親方に代金は預けておくから、カエデの好きなように、素敵な店にしておくれよ。」
わたしは涙をこらえきれず、
「わたし、ここに来て、お二人と出会って、ここで働かせてもらって。感謝しかないし、お礼を言うのはわたしの方です。」
二人は本当に優しい、わが子を見る目でわたしを見つめて、
「それじゃぁ、ここを頼むよ。さて、あたしらはこれから明日の準備をするから、顔を洗っておいで。」
そう言って、二人は食堂を出て行った。わたしは、寂しいのとうれしいのといろんか感情が混ざって、涙が止まらなかった。二人に感謝の贈り物をしたい。そんな気持ちが出てきた。でも、どんなものがいいだろうか・・・?明日ここを発つなら、何か作ってもらうには時間がない。そうだ、わたしができること、料理で恩返ししたい。とっておきの、わたしの大好きなあのお菓子で。
厨房へ行き、準備を始めた。材料は、
・小麦粉:60グラム
・水: 80ml
・無塩バター:50グラム
・卵:3個
・塩:ひとつまみ
・ミルク: 200ml
・卵黄:2個
・黒砂糖:50グラム
・小麦粉:20グラム
・とっておきのバニラビーンズ:1グラムくらい
まず、ボウルで卵黄と黒砂糖を白っぽくなるまで(黒砂糖なので完全には白くならないが)混ぜ、小麦粉20グラムを加えてさらに混ぜる。温めたミルクを少しずつ加えて、すべて入れて混ざり切ったらざるで濾してミルクの入っていた鍋に入れる。火にかけて、焦がさないように絶えず混ぜて、とろみが出るまで火を入れる。クリーム状になったら、火からおろし、魔法で急速冷却する。そのあと、バニラビーンズを入れ、よく混ぜる。これで、カスタードクリームの完成。
次に、鍋に水、バター、塩を入れ、強火にかけて完全に沸騰させる。いったん火を止め、小麦粉60グラムを入れて、粉っぽさがなくなるまで手早く混ぜる。再び火にかけて、1~2分ほど練るように混ぜる。とろみが出て、鍋の底に薄い膜が張るくらいが目安。鍋からボウルに移し、溶き卵を少しずつ入れて混ぜる。生地が角が立つくらいの硬さにする。
天板にバターをぬっておく。オーブンはだいたい185℃に予熱しておく。天板に生地をスプーンですくって落とす。生地どうしがくっつかないように離して。天板を予熱したオーブンに入れて、30分焼くが魔法で時間短縮する。焼きあがったら、オーブンのふたを開けずに、冷ます。これも魔法で短縮する。
生地が完全に冷めたら、横に切れ込みを入れて、冷えたカスタードクリームを入れる。これで、シュークリームの完成だ。
出来上がったシュークリームをそれぞれお皿にのせて、紅茶をいれる。そして、二人を呼びにいった。
「お二人に感謝の気持ちを込めて、お菓子を作りました。シュークリームっていうお菓子です。」
そう言いながら、二人の前に紅茶と一緒に出した。
「わたしの大好きな、200年の歴史のあるお菓子なんです。昔、子どものころ、わたしが落ち込んだり、悲しかったり、そんなときに母が作ったり、買ってきてくれたりした、わたしを元気づけてくれたお菓子です。」
アニエスさんは、
「かわいらしいお菓子だね、それにとても良い香りがするね。触ったら壊れちまいそうだ。」
ダンさんも、
「そうだな、食べるのが惜しく感じるなぁ。では、いただくよ。」
二人はシュークリームにかぶりつく。そうすると、クリームがはみ出してしまった。
「こりゃ食べるのが難しいね!?」
「そうなんです、柔らかくてクリームがたくさん入っているので、食べにくいのが難点で。・・・あ、ダンさん、お鼻にクリームがついてますよ?」
と言うとダンさんは慌ててクリームをぬぐった。それを見ていたアニエスさんはこらえきれずに笑い出し、
「あはは、これは食べるのも楽しい、美味しいお菓子なんだね。カエデ、ありがとう。あんたの思い入れのあるお菓子をあたしたちにふるまってくれて。とてもうれしいよ。」
「あぁ、こんな美味い菓子は初めてだ。カエデの思いがこもった味がするぞ。」
ダンさんはそう言ってくれた。
「カエデ、急に一人になって、寂しいだろうし、不安もあると思う。それは申し訳なく思っているよ。でもね、あんたには料理の腕と美味しいレシピがある。それはあたしたちだけじゃなく、いろんなやつらを楽しませてくれた。だから、大丈夫だよ。あんたしかできないことをおやりよ。」
アニエスさんにそう言われ、わたしはぼんやりと思っていたことを形にしたいと思った。
「わたし、ここでお店をしたいです。みんなが立ち寄ってくれて、わたしが作ったものを美味しく食べてもらえる、そんな場所にしたいです。跳ねる小鹿亭みたいな。」
二人はほっとした顔をして、ダンさんは、
「それを聞いて安心したぞ。お前なりのすてきな店にしてほしい。田舎から応援しているぞ。」
こうして、楽しい時間は過ぎて、二人が田舎に出発する日となった。たくさんの人が別れをしに来た。そして、
「じゃあ、そろそろ出発するよ。カエデ、頑張るんだよ。ただ無理はしないでね。あんたは頑張りすぎてしまうから。街のみんなもカエデのこと、頼むよ。」
とアニエスさんが言うと、
「もちろんだ、カエデは俺たちにまかせてくれ。まぁ、カエデはしっかりしてるから、心配はいらないかもしれんがな。」
といつもお世話になっている、八百屋のおじさんが代表してそう言ってくれた。
「落ち着いたら、遊びにいくよ。また、会おう。」
ダンさんはそう言って、待合馬車に乗り込んだ。アニエスさんは、
「行ってくるよ。またね。」
とわたしたちに告げて、馬車に乗りこみ、出発時刻になったので馬車が動き出した。わたしは、馬車が見えなくなるまで手を振り見送った。とても寂しくて、不安があったが、『食の改革』という目標のため、二人の応援がわたしを支えてくれていた。よーっし、このフォレスト・サジを美食の街にして、二人を驚かせよう!そう決意した。
二人を送り出し、帰路につく。その途中、久しぶりにランスロットさんに会った。
「こんにちは、おひさしぶりですね。お仕事、忙しかったんですか?」
ランスロットさんは少し表情をゆるめて、
「久しぶりだな。そうだな、間の森への遠征があった。それが今回は長引いてしまった。君は跳ねる小鹿亭へ戻る途中だったのか?」
「はい、そうです。ダンさんとアニエスさんのお見送りの帰りです。」
ランスロットさんは少し驚いた雰囲気で、
「二人はどこかへ出かけたのか?」
「はい、跳ねる小鹿亭を閉めて、田舎に帰って家業を継ぐそうなんです。そのお見送りをしてきたんです。」
「(まずい、彼女の同行を聞かなくては。)そうか、寂しくなるな。君はどうするつもりだ?この街にとどまるのか?それとも別の街へ?」
そう聞かれて、わたしはにっこり笑って、
「そうですね、寂しいですけど、実は二人に跳ねる小鹿亭のあとを頼まれたんです。建物は古くなったから、建て直して、新しいお店を開くことにしました!」
ランスロットさんは少し目を見開き、
「(なんだ?この胸のもやもやするのは・・・。)それは、楽しみだ。利用させてもらおう。」
「ありがとうございます!すてきなお店になるように頑張りますね♪あ、そうだ、新しいお菓子を作ったんです。もしよかったら、もらってくれませんか?作りすぎちゃって。」
「(新しい菓子か、閣下へ報告だな。)もらおう。」
「じゃあ、一緒に来てください。お渡ししますね。」
ランスロットさんと跳ねる小鹿亭へ帰った。そして、籐の籠にシュークリームを入れて、冷却と保存の魔法をかけて、ランスロットさんに手渡した。
「今度感想を聞かせていただけると嬉しいです。」
「わかった、ありがたくもらう。」
ランスロットさんは籠を受け取って帰っていった。がらんとして、寂しさがこみあげてきたが、これからのわくわくで胸がいっぱいになった。
~ランスロット視点~
偶然彼女に出会い、跳ねる小鹿亭の閉店を知り、少し焦ったが彼女はフォレスト・サジにとどまることがわかり、なぜか安心した。・・・任務が遂行できなくなるからか?まぁいい。閣下へ報告せねば。新しい菓子もあるからな。
~テラ様視点~
もうっ、その安心、カエデがいなくならないからでしょ!!本当に!このもどかしさ、たまらないわね!今後も要チェックね、もちろん、カエデを見守るのが一番の目的よ?・・・本当よ?




