魔導列車
ついに描きたかった魔導列車!
領壁での騒動の後、四人は場所を移していた。
黒鳳軍事統轄地区──第零階層。
その最奥に位置する統轄司令部。
外界の喧騒とは隔絶されたその空間には、重厚な机と、魔導灯の静かな光が満ちている。
そこへさらに一人、呼び出された人物がいた。
工場地区長、ギアード・ヴァルク。
全員が席に着いたのを確認してから、アトラスが口を開く。
「……始めるぞ」
短く、だが場を支配する一言。
視線が自然とフェデルへ集まる。
「フェデル」
「魔導列車の開発案を話してくれ」
指名されたフェデルは、ゆっくりと立ち上がった。
その仕草には無駄がない。
「任せて、兄さん」
軽く眼鏡の位置を直し、話し始める。
「まず前提として、現行の蒸気機関車の仕組みから整理するね」
指先で空中に簡易図を描くようにしながら続ける。
「石炭を燃やして熱を生み、その熱で水を沸騰させる」
「発生した蒸気はボイラー内で圧縮される」
「その圧力がピストンを押し出し、回転運動へ変換される」
「つまり──熱エネルギーを機械運動に変えている」
ギアードが腕を組み、低く頷く。
「基本構造は単純だが、扱いは面倒な代物だな」
フェデルは小さく笑う。
「その通り。で、魔導列車はそこを置き換える」
一拍置く。
「石炭も、蒸気も使わない」
「魔石に蓄えられた魔力を放出し、その“魔力波”でピストンを直接押す」
空気が少し張り詰める。
だが次の瞬間、アレスが口を挟んだ。
「……それ、結局やってること同じじゃない?」
腕を組み、眉をひそめる。
「エネルギー源が違うだけなら、性能はそこまで変わらないんじゃないの?」
フェデルは露骨にため息をついた。
「やっぱり脳筋だね」
アレスのこめかみに青筋が浮かぶ。
だがフェデルは構わず続ける。
「いい?問題は“エネルギーの伝達効率”なんだよ」
机に軽く指を叩く。
「熱っていうのはね、途中で逃げる」
「石炭で生んだ熱が、水に100%伝わることは絶対にない」
「空気、容器、放熱……あらゆる場所でロスが発生する」
ギアードが低く呟く。
「だから燃費が悪い、か」
「そう」
フェデルは頷く。
「でも魔力波は違う」
「ほぼ直接的に運動へ変換できる」
「つまり──ロスが極端に少ない」
「結果として、出力も速度も大幅に向上する」
空気が変わる。
単なる理屈ではない。
実用性を帯びた話だと、全員が理解した。
そのタイミングで、アトラスが口を開いた。
「……だが、欠点もあるはずだ」
フェデルの表情がわずかに明るくなる。
「さすが兄さん」
嬉しそうに頷く。
「当然あるよ。むしろ、それが本題だ」
指を三本立てる。
「一つ目」
「魔力波に耐えられる素材と加工技術」
「二つ目」
「魔石の供給量」
「三つ目」
「魔石依存による走行距離制限」
静かに言い切る。
「この三つがあるから、テクノリア以外では実用化されていない」
ギアードが低く唸る。
「魔石はどうにもならんな」
フェデルが視線をアトラスへ向ける。
「でも一つ目は解決してるよね、兄さん」
アトラスは迷いなく頷いた。
「あぁ」
「時間はかかるが、作れる」
その言葉には確信があった。
ギアードも小さく笑う。
「言い切るか。だが嫌いじゃねぇ」
フェデルは続ける。
「距離も問題ない」
「ヴァスタスは国家規模じゃない」
「問題は──魔石だけ」
その一言で、空気が重くなる。
誰もが理解していた。
この領地に、資源はない。
議論が始まる。
代替案。輸入。奪取。圧縮効率改善。
だが、どれも決定打に欠ける。
時間だけが過ぎていく。
その沈黙を破ったのは、アトラスだった。
「……フェデル」
ゆっくりと口を開く。
「魔石は、本当に必要か?」
その一言に、全員が固まる。
フェデルでさえも、目を瞬かせた。
「……どういう意味?」
アトラスは言葉を選ぶように続ける。
「前提を疑うだけだ」
「なぜ“ピストン”にこだわる?」
アレスが小声で呟く。
「……疲れてるんじゃないか?」
フェデルが即座に否定する。
「違う」
「続けて、兄さん」
空気が研ぎ澄まされる。
アトラスは静かに言った。
「回転を得るために、なぜ往復運動を経由する?」
「直接回転を生み出せばいい」
その言葉に、時間が止まる。
「魔導回路を車輪に直結する」
「ピストンを使わず、回転力を直接発生させる」
「そうすれば──」
「魔力波そのものが不要になる」
フェデルの目が見開かれる。
思考が一気に加速していくのが、誰の目にも分かった。
「……そうか」
「そういうことか……!」
頭を押さえる。
「固定概念だ……!」
「列車=ピストンって思い込んでた……!」
一歩踏み出す。
「魔導回路なら、回転を直接生成できる……!」
「あの魔石にこだわらなくていい……!」
顔が一気に輝く。
「兄さん、天才だよ」
思わず抱きつく。
「やっぱり僕の兄さんは世界一だ!」
アトラスは軽くため息をつきながらも話を続ける。
「さらにだ」
「魔力を個別供給する必要もない」
フェデルが顔を上げる。
「集中供給だ」
「魔力生成拠点を作り、そこから供給する」
その一言で、フェデルの思考が爆発した。
「……それだ」
「それなら魔石不要でいける……!」
興奮が隠せない。
「ねぇ兄さん、あのアーティファクト使えるよね?」
「あの“アブソルブ”」
アーティファクト アブソルブ
あらゆるものから魔力を吸収する魔具。
アトラスは頷く。
「あぁ」
「好きに使え」
フェデルは完全に研究者の顔になっていた。
「地脈に刺せば、魔力は無限供給できる……!」
「これでインフラが成立する……!」
その後は早かった。
ギアードを交え、具体的な設計議論が進んでいく。
回路構造。導線材質。供給網。出力制御。
数時間後。
会議はようやく終わりを迎えた。
フェデルは満足げに息を吐くと、再びアトラスに抱きつく。
「兄さんのおかげで、テクノリアを超えられるよ」
「あいつらじゃここまでは無理だね」
その瞬間ぐいっと首根っこを掴まれる。
「離れなさい」
アレスだった。
「アトラス様に抱きついていいのは私だけよ!」
「は!?何それ独占欲!?」
再び言い合いが始まる。
アトラスは無言で天井を仰いだ。
その光景を見て、セラフィナは小さく笑う。
『……この人が一番大変ね』
だが同時に理解していた。
今この瞬間、ヴァスタスは変わったのだと。
魔導列車。
それはただの移動手段ではない。
この領地を“国”へと変える技術だった。
一つの計画が、確実に現実へと踏み出した。
拙い文ですが伝われば嬉しいです




