背中で見せる
だいぶ遅くの投稿になりすみません。
ぜひ読んでください。
アレスが目を覚ましたとき、そこには昨夜までの夜の暗さも、耳を打っていた怒号もなかった。
代わりにあったのは、朝焼けに染まる静かな空と、身体を包む柔らかな温かさだった。
彼女はゆっくりと身体を起こす。
そのとき、視界の端に映ったのは、椅子に腰掛け、分厚い資料を読んでいるアトラスの姿だった。
全身には未だ包帯が巻かれているものの、昨夜に比べれば顔色は幾分か良い。
――その瞬間、アレスは気づいた。
自分が目を覚ますまで、彼はずっとそばに居てくれたのだと。
そう理解した途端、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。
だが同時に、昨夜の出来事が鮮明に蘇った。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
アレスはベッドを降り、アトラスのもとへと歩み寄り、名を呼ぶ。
「アトラス様……」
アトラスは手にしていた資料から視線を上げ、彼女を見る。
「起きたか」
その一言に、アレスの胸が締めつけられる。
気づけば、謝罪の言葉が口をついて出ていた。
「アトラス様、昨夜は私の身勝手な行動のせいで、失望させてしまい申し訳ありませんでした」
「命令に背き、己の感情を優先させてしまいました」
「アトラス様に任せると言われたのに……」
「信頼を無下にしてしまいました。申し訳ありませんでした」
言葉を重ねるアレスに、アトラスは淡々と、しかし静かに告げる。
「もう、謝罪はいい」
「確かに、お前の行動には怒りもしたし、失望もした」
「だがな、それ以上に――」
アトラスは一拍置き、続ける。
「お前を一人にしてしまった俺自身に、失望したんだ」
アレスはその言葉を、一つ一つ噛み締めるように聞いた。
「だからお前は、もう責任や罪を感じなくていい」
「すべて俺が背負った」
「だから、もう謝るな」
その瞬間、アレスの目から雫がこぼれ落ちる。
アトラスは続ける。
「それでも、どうしても罪悪感や責任を感じるなら」
「謝罪ではなく、これからの行動で示してくれ」
「これからは忙しくなる」
「王国からの制裁への対処、近隣貴族からの干渉、領民たちの生活……問題は山積みだ」
「だからこそ、お前の力を貸してほしい」
「お前は、俺の右腕なのだからな」
アレスは膝をつき、深く頭を下げて答える。
「この身体を、この命を使い」
「アトラス様の前に立ちはだかる障害を、すべて取り除きます!」
アトラスは静かに頷き、窓の外――壊れた住宅地区へと視線を向ける。
「これから、忙しくなるぞ」
その頃、セラフィナは一人、思考に沈んでいた。
『マスターに買われてから、まだ数日しか経っていない』
『それなのに、不思議なくらい濃くて、学びと驚きの連続だった』
『その日々の中で、マスターはいつも背中で教えてくれた』
『貴族として、どう在るべきかを』
『お父様とお母様が言っていた』
『誇り高く生きる、という言葉の意味が、少しずつ分かってきた気がする』
彼女の目の前には、壊れた家々と、不安に苛まれる人々の姿があった。
『この状況で、私にできることは何?』
『マスターみたいに言葉で人を導くことはできない』
『アレスさんみたいに、誰かを守る力もない』
『それでも……』
必死に思考を巡らせた末、ひとつの答えに辿り着く。
『行動するしかない……!』
『考えているだけじゃ、何も始まらない』
『今の私には、人並み以上にできることはない』
『なら、人並みに頑張るしかない』
『マスターはいつも、行動する背中で教えてくれた』
『だから私も、行動する背中で、人を鼓舞する!』
答えに辿り着いた瞬間、セラフィナは動いていた。
手袋をはめ、瓦礫の山に手を伸ばす。
一つ一つ、瓦礫をどかし、集積地へと運ぶ。
筋力は人並み以下。
作業は遅く、身体はすぐに悲鳴を上げる。
それでも、彼女は気にしなかった。
その姿は、一人の男の目に留まる。
ルディだった。
『確か、アトラスの隣にいた嬢ちゃんだな』
『この領地じゃ珍しい髪の色……地元の出じゃねぇ』
『それでも、自分から復興作業に出るのか』
『当事者でもねぇのによ』
『……なのに、当事者の俺たちが何もしねぇんじゃ、示しがつかねぇ』
『俺たちは、償うって決めたんだ』
『やるしかねぇじゃねぇか』
ルディは無言のまま、同族の男たちを集め、セラフィナと同じく瓦礫撤去に加わった。
それに気づいたセラフィナは、汗を拭いながら声をかける。
「集積地に運ぶ人と、瓦礫を渡す人に分かれましょう」
「そうすれば、もっと早く復興できます」
ルディは頷き、男たちを指示通りに分ける。
『この嬢ちゃん……』
『アトラスとは違う、人の心を動かす力を持ってやがる』
『まだ拙いが……』
『大成したとき、誰にも止められねぇ存在になるな』
その想いを胸に秘め、彼は黙々と作業を続けた。
やがて、その行動は領民たちの心も動かす。
「華奢な嬢ちゃんが、俺たちのために頑張ってるのに……」
「何もしねぇわけにいかねぇだろ」
「ウルガ族がやってるのに、私たちが恨むだけなんて……」
「このままじゃ、被害者面してるだけだ!」
領民たちもまた、復興作業に加わり始める。
そこには、失われていた一体感と活気が戻りつつあった。
まだぎこちないながらも、ウルガ族と領民の協力が芽生え始めていた。
登り始めていた太陽は、いつの間にか真上で輝いていた。
人々は一旦作業の手を止め、休憩に入る。
地面に寝そべる者、日陰に身を寄せて涼む者、水を飲み身体を回復させる者――それぞれが思い思いに疲れを癒していた。
家屋の被害を免れた者たちは炊き出しを行い、作業に携わる者たちを支える。
セラフィナは壁に背を預け、ゆっくりと腰を下ろした。
これほどの疲労を感じたのは、生まれて初めてだった。
『疲れたわ……』
『でも、嫌な気はしない』
『どちらかといえば、この疲労が心地いい』
『数年ぶりに……生きているって、実感できてる』
少しの休憩を挟み、彼らは再び作業へと戻る。
セラフィナもまた、瓦礫を一つ一つどかしていく。
だが蓄積した疲労は確実に身体を蝕んでいた。
ふらりと視界が揺れ、身体が傾く。
その瞬間、誰かの手が彼女を支えた。
見上げた先にいたのは、未だ包帯の外れていないアトラスだった。
その背後には、アレスの姿もある。
「マスター!?」
「まだ休んでいないと駄目よ!」
アトラスはその言葉を受け、静かに答える。
「十分休んださ」
「俺は、口だけの領主でいるわけにはいかない」
「それに、休むべきなのはお前の方だ。セラフィナ」
彼女は首を振り、反論する。
「まだ、私は大丈夫よ」
アトラスは一度、彼女を支えていた手を離す。
案の定、セラフィナはよろめく。
すぐに再び身体を支え、アトラスは低く告げた。
「まともに立てないほど、疲労が溜まっている」
「代われ、セラフィナ」
「他の者が頑張っているから、自分だけ休めない。その気持ちは、よく分かる」
「だが、お前は他の者とは違う」
「数年間、まともに運動もせず、食事も満足に取っていない」
「その上、公爵家で育ったお前は、ここにいる誰よりも体力がない」
「十分だ。お前は、もう十分に頑張った。これから先は、俺たちに任せろ」
そう言うと、アトラスは彼女を抱き上げ、日陰へと運ぶ。
腰を下ろさせ、軽くその頭を撫でてから、再び作業へと向かった。
撫でられたセラフィナは、思わず頬を赤らめる。
アトラスはそのまま魔法を行使する。
「ノクス・ルーラー 収束」
闇が瓦礫を飲み込み、圧縮されていく。
闇が解けたとき、無数の瓦礫は巨大な一つの塊へと変わっていた。
アトラスは続けて詠唱する。
「影界転移」
塊となった瓦礫は、闇の中へと消失する。
それを目の当たりにした領民たちから、歓声が上がった。
「やっぱり、俺たちの領主様はすげぇよ!」
アトラスはアレスへと視線を向け、命じる。
「兵団員も、少しだけ動員しろ」
アレスは背筋を伸ばし、即座に応える。
「御意!」
復興作業は、そのまま夕暮れまで続いた。
一日の作業を終えた後、アトラスは領民たちを集める。
「皆、知っていると思うが」
「我が領地には、王国から制裁が課せられた」
「食料品を含む、あらゆる輸入は停止された。」
みなが俯く、アトラスは続ける。
「だが、安心してほしい」
「この領地に住む全員分の、約一年分の食料は備蓄されている」
その言葉に、領民たちの表情が和らぐ。
「不安にさせてしまったことを、まず謝罪する」
「だが、一年分の備蓄があるとはいえ」
「この制裁が一年以上続く可能性は高い」
「だからこそだ」
「我々は、この一年のうちに領地を耕す」
「そして――自立する!」
領民たちの瞳に、確かな決意の光が灯る。
アトラスはさらに続けた。
「領地を耕すには、知識が必要だ」
「そこで、山で暮らしてきたウルガ族の知恵を借りる」
「皆には、これからの一年すべての力を使い、この領地を豊かにし、強靭にしてもらう」
「当然、私も、黒鳳兵団も、共にある」
一拍置き、アトラスは宣言する。
「ここに、領地強靭化および自立化一カ年計画を発動する」
読んでくれてありがとうございました。
ここからは少し余談です。
よく優秀の部下を右腕と表現することがあります。ですが部下がやらかすとその上司は責任を負わない事があると思います。
そのうえで僕が思ったことを話します。
右腕は体の一部です。もしも腕が勝手に人にぶつかった時、ほとんどの人が謝ると思います。
だからこそ部下を右腕と表現するのならば自身の一部だと思わなくてはならないと思います。部下がしたことは自分のしたこと。部下の責任は自分の責任だと思わないといけないと思うのです。
僕にとってアトラスは理想の上司像です。だからこそ落とし込みました。




