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夜に名を与える  作者: ベリドット
黒の都

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14/20

領主は領民に突きつける

「猟犬になってやる!」


その言葉が夜気に落ちた瞬間、場の空気がわずかに張り詰めた。

アトラスはすぐには答えず、ほんの短い沈黙を挟んでから口を開く。


「……名前を言え」


ウルガ族の男は、一瞬だけ視線を伏せてから答えた。


「俺はルディだ」


その名を反芻するように、アトラスは一度だけ小さく頷く。


「ルディ」

「ウルガ族の皆を連れて、被害を受けた民たちのもとへ行け」

「謝罪しろ」

「追い返されるかもしれない」

「罵詈雑言を浴びせられるかもしれない」

「だが、それがお前たちがしたことだ」

「すべて受け止めてこい」


命令というより、逃げ場を塞ぐ宣告だった。

ルディは一瞬だけ歯を食いしばり、それでも即座に答える。


「……分かっている」


ルディは仲間たちを集め、アトラスの先導のもと、避難所へと向かう。

背中越しに見えるウルガ族の姿は、もはや侵略者ではなく、処刑を待つ罪人のそれだった。

その様子を見ながら、セラフィナが小さく問いかける。


「信用できるの?」

「マスター」

「さっきまで、敵だった人たちよ?」


アトラスは歩みを止めず、淡々と答える。


「信用などしない」

「従わせる」

「それだけだ」


その言葉に、セラフィナはそれ以上何も言わなかった。

この男がそう言うのなら、それが正解なのだと、どこかで理解してしまったからだ。

その時、背後から慌てた声がかかる。


「アトラス様……!」


振り返ると、アレスが深く頭を下げていた。

声は震え、涙がこぼれそうになっている。


「先程は、本当に申し訳ありませんでした」

「アトラス様のお手に傷をつけてしまうなど……」

「嫌いにならないでください!」

「捨てないでください!」


その必死な姿に、アトラスは少しだけ表情を緩める。


「あれは俺が勝手に手を出しただけだ」

「お前の責任じゃない」

「捨てることなどしない」


その一言で、アレスの張り詰めていた何かが切れ

た。


「アトラス様……!」


勢いのまま、彼女は抱きつく。


「一生、ついていきます!」


歩きにくそうにしながらも、アトラスは特に引き離そうとはしなかった。

やがて避難所に到着する。

人々のざわめきと、抑えきれない恐怖の気配が空気に満ちていた。

アトラスはルディに告げる。


「ここだ」

「行って謝罪してこい」

「そして、受け止めろ」

「……分かった」


ルディが一歩踏み出した瞬間、避難所内から悲鳴が上がる。

怯え、憎しみ、怒りが入り混じった視線が一斉に向けられる。

ルディは深く息を吸い、言葉を探すように口を開く。


「謝罪にしに来た」

「だが、何を言えばいいのか……正直、分からない」

「俺たちは、悪いことをしたという実感がない」


その瞬間、アレスの表情が一気に険しくなり前に出ようとする。

だが、その肩にアトラスの手が静かに置かれる。

言葉はなくとも、怒りで民の声を塞ぐなという意思は明白だった。

避難所の奥から、震える声が上がる。

当たり前だ彼らは何もしていないのに奪われたのだから。


「実感が……ないだと?」

「ふざけるな……!」

「家族は死ななかった!」

「だが、家は奪われた!」

「積み重ねてきた生活を、全部壊されたんだ!」


怒りは次第に連なり、空気を震わせる。

その中で、ルディはゆっくりと頭を下げた。


「悪いことをしたとは……思えない」

「だが」

「間違ったことをしたとは、思っている」

「だから、償わせてくれ」

「俺たちは、償う」

「勝手なことだと分かっている」


言い終えると同時に、ウルガ族全員が頭を下げる。

だが民たちの表情は変わらない。

許しなど、まだどこにもなかった。

やがてアトラスはルディたちを下がらせ、自ら一歩前に出る。


「あいつらには、住宅地区の復興を担わせる」

「そして、ヴァスタスの第二の剣であり、盾となって働かせる」

「それを刑とする」


淡々とした宣告に、納得できない空気が渦巻く。

一人の男が声を荒げる。


「……軽すぎませんか?」

「なんで殺さないんですか!」

「俺たちを、殺そうとしたんですよ!」

「一生消えない恐怖を抱えた人間もいる!」

「それでも、生かすんですか!」

「結局、俺たちのことなんて――!」


アトラスの視線が、その男を射抜く。


「それでは聞こう」

「殺して、何になるというのだ?」

「殺したらそれで、お前たちの心は晴れるのか?」

「そしてその殺しに、大義はあるのか?」

「自分たちだけが被害者だと思っているのか?」


怒号とともに、男は掴みかかる。


「結局はあんたも貴族なんだな!」

「俺たちの気持ちなんてどうでもいいんだろ!」


だが次の瞬間、胸ぐらを掴まれていたのは男の方だった。


「俺は一度でも、お前たちをどうでもいいと言ったか?」

「言っていないだろ」


1拍間を開けてからアトラスは問いかける。


「何故、死だけが処罰だと思う」

「何故、一瞬の苦しみで楽にしてしまう」

「何故、一時の感情で自分たちの利得を捨ててしまう」

「それでは苦しみも責任も、何一つ残らない」

「殺した先にお前たちの怒りはどこに向けるんだ」

「我が領民は、そこまで浅はかで愚かな人間だったのか?」

「それとも、俺の見誤りか?」


誰も答えられなかった。


「利用できるものは利用しろ」

「壊された街は、壊した者に直させろ」

「許す必要はない」

「だが、あいつらも被害者なんだ」

「差別や迫害はするな、王国と同じところまで堕ちることを俺は許さない」

「それだけは理解してくれ」

「これ以上俺を失望させてくれるな」


そんなこと言う彼の背は悲しそうに見えた。



その後、静かな避難所でアトラスは女、子供を優先に一人ずつ、傷を自信に移していく。

血が服を濡らし、それでも手を止めない。

全てを終えた瞬間、彼は崩れ落ちた。


「……少し、眠る」

「あとは任せた、アレス」


アレスは答える。


「はい……!」


その光景を見ながら、セラフィナは胸の奥に小さな感情を覚える。


『……少し、羨ましい』



翌日、王国からの通達がヴァスタスに突きつけられた。


――制裁。

――封鎖。

――そして、武力。


物語は、もう後戻りできない場所へと踏み込んだ。

狂った歯車は回れば回るほど狂うのだった。

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