正義の在り方とは
ウルガ族の男の叫びが空気を震わせ、絶望に沈んでいた同胞たちの心に火を灯す。
未来を掴み取るため、彼らは再び武器を手に取り、泥濘の中から立ち上がった。
その不屈の光景を見つめていたのは、戦場の当事者たちだけではない。
遥か遠方、ルミナール王国のルミナス城では、映し出される戦況の魔導映像を前に、王政の幹部や筆頭貴族たちが冷徹な眼差しを向けていた。
沈黙を破ったのは、王立騎士団長、アイギス・ベネディクトである。
「……やはり、この程度ではアウローラは動じないか。これ以上は制御不能な領域に踏み込むことになるな」
アイギスは険しい表情で隣に立つ男、白鳳局長ゼノン・エリクシオンを射抜いた。
「それと、白鳳局長殿、貴殿に問いたいことがある。」
「なぜ我が騎士団の魔導弾が、罪なき民が住まう住宅地区への侵攻に転用されている? 」
「貴殿の独断が、救うべき民を傷つけているのだぞ」
その声には、武人としての明確な怒りが込められていた。
しかし、ゼノンは鼻で笑い、一瞥もくれずに応じる。
「天下の騎士団長殿はお甘いな。我が王国にとって、あの土地も、そこに住まう『不浄』も、すべては塵以下の価値しか持たぬのですよ」
ゼノンの声は、凍てつくほどに無機質だった。
「黒髪の末裔どもが住まう住宅など、消えて然るべきだ。奴らは歴史においても現在においても、我らの輝かしい発展を阻害し続ける癌細胞に過ぎない。建国時、王家に反旗を翻した大罪人の血を引く者たちだ。その罪は永遠に雪がれることはない」
アイギスは怒りを露わにする。
「過去の因縁だけで否定し、迫害することなど許されるはずがない!」
アイギスの反論を、ゼノンは冷笑で遮った。
「血こそが人を形作るのです、アイギス殿。」
「大罪人の血が混ざりし器には、やがて大罪の芽が吹く。それは根拠なき推論ではなく、この国の純白を維持するための必然的な帰結だ」
アイギスは反論する。
「 ならば伝説を残した者の子は、必ずや伝説となるのか? 貴殿の理論は、破綻している。弱き者を殺すことは、騎士の正義が許さぬ!」
激昂するアイギスの声を、玉座からの一言が断ち切った。
「ゼノンよ」
国王、イグニス・ルミナールが重厚な口を開く。
「そなたに、一時的に王立騎士団の精鋭、白虎隊の指揮権を委任する。直属の主任監査官と共に戦場へ向かえ。……我らが蛮族をけしかけた証拠を、消せるようなら消してこい。」
「だがアウローラが突っかかってくるようならまだ闘うときではないから帰城せよ」
「御意に」
ゼノンが深く頭を下げる。対照的に、アイギスは驚愕に目を見開いた。
「国王陛下! なぜです! 白虎隊は我が騎士団の誇り、それを局長ごときに委ねるとは……! それに、我らの武力を証拠隠滅に使うなど、到底承服しかねます!」
だが、イグニスが放った絶対的な威圧感が、アイギスの言葉を物理的に押し潰した。王の黄金の瞳が「黙れ」と告げていた。
場面は戦場へと戻る。
ウルガ族が戦意を滾らせ、黒鳳兵団との激突が再燃しようとした。
その時、夜の闇に染まった空があまりに神々しい白光によって切り裂かれた。
「神聖なる雨」
天より降り注ぐのは、救済の形をした死の礫。
アトラスは即座に叫ぶ。
「アレス、重力障壁を張れ!」
「グラヴィティ・シールド!」
漆黒の重力膜が住宅地区を覆う。
降り注ぐ光の矢は、強力な重力に捕らえられて歪み、速度を失って石畳の上へ虚しく墜ちていった。
光の残滓の中から、白銀の鎧を纏った白虎隊を従え、一人の男が優雅に歩み寄る。
「アトラス卿、またお会いできて光栄です。」
「ああ、自己紹介がまだでしたね」
白い官服をなびかせ、男は粘りつくような笑みを浮かべた。
「私は白鳳局・主任監査官、ヴァイス・エドワード。以後、お見知り置きを。」
「それにしても、惨状ですね。蛮族に襲われ、街を焼かれるとは。治安維持のため、我々が助けに参りましたよ」
その白々しい発言に、ウルガ族の戦士が絶叫した。
「おい、どういうことだ! お前、俺たちに武器を渡した時の男だろう! なぜアトラスの側にいる、俺たちは騙していたのか!」
叫びは無視された。
ヴァイスをアトラスは鼻で笑い、冷徹な皮肉を投げかける。
「随分と遅いお出ましだな、正義の執行人様。」
「先ほどの雨、確実に俺たちを殺しにきていたようだが?」
「 そもそも、この蛮族をけしかけたのは貴様らだろう。使い物にならなくなれば口封じか。反吐が出るな」
エドワードの額に微かな皺が寄る。だが、彼は即座に貼り付けたような笑顔を取り戻した。
「はて、何のことでしょうか。我らが蛮族を唆すなど、あり得ぬ冗談だ。」
「さて、ウルガ族の身柄は我々に引き渡していただきましょうか。これは王国の公式な判断です」
背後のアレスが怒りに震え、一歩前に出ようとする。しかし、アトラスがそれを手制止した。
「なぜ貴様らに渡す必要がある? 」
「彼らは我が領地に侵入した侵略者だ。ならば、その処遇を決めるのは、領主であるこの私だ。貴様らが関わっていないというのなら、ただの部外者だろう。引っ込んでいろ」
エドワードの眉間に青筋が浮かぶ。しばしの沈黙の後、彼は吐き捨てるように笑った。
「そうはいきません。」
「これは国王陛下の命令なので」
それにアトラスは魔力を全身から溢れ出し脅しをかける。
「そちらがその気ならこちらも応えよう」
「ただしこの領地から五体満足で出られると思うなよ」
その迫力に押される。
ヴァイスは必死に冷静を装い返答する。
「まだそのときでは無いので今回は諦めて差し上げます」
「ですが、この間も言ったように後ろと夜道にはお気をつけを」
白虎隊とヴァイス・エドワードは夜闇消えていった。
その一部始終を背後で見ていたセラフィナは、あまりの嫌悪感に吐き気を催し、口元を押さえた。王国の掲げる「正義」が、これほどまでに醜悪で、血に塗れた欺瞞であったとは。
この日、運命の歯車はさらに激しく、周囲を削り取るように回り始めるのだった。
いずれかは必ず剣を交えるだろう。




