ウルガ族襲来
本作初の戦闘シーンです。
あまり自信はないですが読んでみてください。
警報の残響が、夕闇に染まり始めた軍事地区を震わせていた。
黒鳳兵団の兵たちが無言の連携で出撃準備を整える中、アトラスの声が鋭く響く。
「アレス、改めて警報内容の確認を」
その声は、一瞬で慈悲深い領主から冷徹な「指揮官」のものへと切り替わっていた。
アレスは即座に直立不動の姿勢を取り、投影された魔導マップを指し示す。
「蛮族ウルガ族は北西の森林地帯より出現。」
「騎馬による侵攻で規模は約千人。」
「ウルガ族の先遣隊が住宅地区の防壁に到達、一部突破した模様です」
アトラスは眉をひそめ、思考を巡らせる。
『千人という大集団での正面侵攻など奴らの戦法とはかけ離れている。」
『それに、ウルガ族はこれまで民間人を襲うことはなかったはずだ。何か裏があると見た他ないな』
そこへ一人の兵が駆け寄り、準備完了を報告した。
アレスがそれを受け、アトラスへ告げる。
「アトラス様、出撃準備が完了しました」
中央大通りには、街灯に照らされた軍事魔導馬車が整然と並んでいた。
特殊な魔法付与により、速度と強度において王国の水準を遥かに凌駕する馬車。
アレスが乗車を誘導するが、アトラスはそれを手で制した。
「軍事魔導馬車の速度でも間に合わない。全車両を転移させる」
アトラスは膝をつき、地面へと手をかざした。
「ノクス・ルーラー」
世界が呼応した。
暗くなり始めた空の闇が、建物の足元に伸びる影が、街に満ちる全ての陰影が彼の手へと吸い込まれていく。
手から地へその闇は魔法陣となり、巨大な漆黒の渦を形成した。
「――影界転移」
地を這う影が顎のように開き、全ての馬車と兵たちを飲み込む。
視界が闇に閉ざされた次の瞬間、彼らはすでに火の海と化した住宅地区へと到達していた。
そこは、紛れもない地獄だった。
美しい黒鉄色の街並みは炎に包まれ、悲鳴が木霊する。逃げ惑う民の中、一人の少年がウルガ族の大男に追い詰められていた。
「お前たちに恨みはないが、我らの明日のためにその命、もらうぞ!」
斧が振り上げられた瞬間、アトラスの声が静かに響く。
「ノクス・ルーラー ブラックプリズン」
収束された闇が物理的な鉄格子と化し、大男を強固に捕らえた。
アトラスは震える少年の前に立ち、右手をかざす。
「アダプター、展開」
少年の心に渦巻くウルガ族への憎悪、消えない傷。
それら全てが「黒い霧」となってアトラスの体へと吸い込まれていく。
直後、アトラスの顔に苦悶の色が走り、全身から少年が負ったはずの傷が浮かび上がり、血が滴った。
その様子にセラフィナは慌てる。
「……マスター!?」
「気にするな……これが、俺の役割だ」
アトラスは荒い呼吸を整え、背後のセラフィナを振り返る。
「セラフィナ。傷と憎悪は俺が引き受けたが、彼の精神は限界だ。放っておけばショックで死に至る。君の魔法で、この地獄を消し去ってくれ。少年を……守ってくれ」
セラフィナは少年の血に濡れた手を握りしめた。
『私は……どん底のセラフになると決めた。この子が地獄を抱えたまま壊れるくらいなら、私がその記憶ごと消し去る!』
「――セラフィム・リワインド!」
白銀の光が夜を照らす。
少年の目から涙が消え、何も知らなかった頃の無垢な表情へと戻っていく。
「……ここは、どこ?」
目の前の惨状を見ても、少年はそれを「恐ろしい」と認識できなくなっていた。
「それでいい、今は」
アトラスは立ち上がり、軍事統轄長アレスへと鋭い視線を送る。
「アレス。兵を三部隊に分けろ」
「救助、防衛、そして討伐だ。」
「総員に告ぐ! これより先、民を死なせることを禁ずる。命懸けで守れ! 死なせてしまえば、それは黒鳳兵団の恥と思え!」
アトラス自身も討伐へ向かおうとするが、アレスが一歩前に出た。
「いいえ、アトラス様。」
「これより先は我ら黒鳳兵団にお任せください。蛮族ごとき、アトラス様が手を汚すに値しません。そこで、ご覧になっていてください」
彼女の瞳には、狂信的なまでの敬愛と覚悟が宿っていた。アトラスは短く頷く。
「任せる。だが、今回の侵攻には違和感がある。可能な限り捕縛を優先しろ。」
「それでも牙を剥くなら、軍人として敬意を払う価値があるものには敬意を払い、殺してやれ」
短く返答するアレス。
「了解」
アレスの空気が戦鬼のそれへと一変する。
「総員、戦闘準備!」
その言葉にある者は剣を構え、ある者は槍を構え、ある者は魔法の発動準備をする。
壊れた防壁の外からウルガ族の大集団が迫る。アレスの魔法を発動させる。
「重力系魔法 グラヴィティ・インクリース!」
地を這うような重力にウルガ族が次々と落馬する。
しかし、その中にアレスは見てしまった。
戦場に不似合いな、恐怖に顔を歪めるウルガ族の幼子を。
『なぜ戦場に子まで……!』
アレスは苦虫を噛み潰したように魔法を解除する。
拘束を解かれたウルガ族が一斉に突撃してくる。
黒鳳兵団の兵たちが集団高等魔法を発動させる。
「集団高等魔法 水雷庭園」
庭園の芝のように広がる水。
そこに足を踏み入れた者の魔力を感知し、無慈悲な落雷が降り注ぐ。
無数の雷柱が立ち昇る幻想的な光景の中、アトラスはセラフィナに告げた。
「セラフィナ。これから起こることを、決して見逃すな」
その時雷光を潜り抜け、一人の若い男がアトラスへ斬りかかる。
「お前がアトラス・アウローラだな!」
「俺たちを助けてくれた白い服の男が言ってたんだ。」
「お前を殺すのが、俺たちが生きていくための唯一の道だとな!」
アトラスは避けない。背後のアレスを信じているからだ。
「蛮族ごときその御方に近寄るな!」
「 重力魔法 グラヴィティ・ショット!」
アレスの弾丸が男を吹き飛ばす。
血を吐きながらも立ち上がった男は、怨念に満ちた声を絞り出した。
「あの白い服の男はこうも言っていた」
「お前たちが、俺たちの村に大型魔獣を解き放った犯人だとな!
「だからお前らを殺して、俺たちが受けた苦しみを分からせてやる!
「 死んだ奴らの過去と、俺たちの明日を返してもらうぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、セラフィナは悟った。
アトラスを陥れ、蛮族をけしかけた「白い服の男」の正体を。
そしてそれが正義を謳うものたちの本性だということを。
アトラスは静かに男を見据え、その憎悪すらも背負うかのように拳を握りしめた。
男の叫びを聞いたウルガ族達はまたその目に戦意を宿す。




