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第8話「蘇るトラウマ」

 冒険者として活動を始めてから、数週間が経った。

 草刈り、薬草採取、簡単な護衛。

 派手さはない。

 しかし、卑野劣呉は確実に異世界での生活基盤を作っていた。

「金がある」

 それは、異世界に来て初めて感じる安心感だった。

 食べ物が買える。

 宿に泊まれる。

 そして、

「そろそろ次の段階に進むか」

 劣呉が選んだのは、魔法の習得だった。

 向かった先は、魔法都市レグナスに存在する魔法教育施設。

 その名も

《魔法ゼミナール》

 魔法使いを目指す者たちが通う、いわば異世界版の予備校だった。

 受付で手続きを終え、教室へ入る。

 その瞬間。

 劣呉の動きが止まった。

「……」

 黒板、机、先生、生徒。

 この光景、どこかで見たことがある。

 いや。

 正確には。

 二度と見たくなかった光景だった。

「では、今日から魔法基礎講座を始めます」

 前に立つ先生。

 二十代前半の若い女性。

 明るい笑顔、整った服装。

 完全に人生の勝ち組側の人間だった。

 そして、周囲を見る。

「十代ばっかりじゃん……」

 生徒たちは皆、若かった。

 魔法学院への進学を目指す少年少女。

 夢と希望に満ちた顔。

 そんな中

 一人だけ三十九歳、元引きこもり。

 異世界で全裸事件を起こした男。

 卑野劣呉。

「……」

 劣呉の脳裏に、過去の記憶が蘇る。

 受験。

 勉強。

 周囲との比較。

 そして、

 敗北。

「まさか異世界で受験戦争の続きが始まるとは……」

 魔王より恐ろしい敵が現れた。

 青春。

「それでは魔法の基本について説明します」

 先生が黒板に魔法陣を書く。

「魔法とは、体内の魔力を外部へ変換し、世界へ干渉する技術です」

 火属性。

 水属性。

 風属性。

 土属性。

 魔法は才能だけではなく、理論と訓練によって成長する。

 劣呉は真剣に聞いていた。

 なぜなら、彼には一つ武器がある。

《生存術》

 状況を理解し、効率的な方法を探す能力。

 魔法について学ぶほど。

 劣呉の頭の中で情報が整理されていく。

「魔力の流れを理解して……」

「発動までの工程を省略できれば……」

 そこで。

 劣呉は気づいた。

「……あれ?」

 周囲の生徒を見る。

 皆、魔法を使う前に詠唱している。

「炎よ、我が手に集まり――」

 しかし、劣呉は違った。

 頭の中で魔法の構造を理解した瞬間。

 自然に魔法が発動した。

 小さな炎が手のひらに浮かぶ。

 教室が静まる。

「……」

「……」

「無詠唱?」

 先生が驚いた顔をする。

「あなた、今詠唱をしていませんでしたよね?」

「え?」

 劣呉は自分でも驚く。

「普通にできたんですが」

 先生は説明する。

「無詠唱魔法は高度な技術です」

「魔法使い全体でも、十人に一人程度しか習得できない才能と言われています」

 劣呉は少し考える。

「十人に一人……」

「じゃあ、そこまで珍しくない?」

 教室全員が固まる。

「いや、十分すごいです」

 先生が即答した。

 劣呉は知らなかった。

 自分では当たり前だと思っている能力が、この世界では、普通ではないことを。

 しかし、問題は別にあった。

 授業終了後。

 十代の生徒たちが話している。

「今日の授業難しかったね」

「明日の予習しないと」

 その横を三十九歳の男が通る。

 元引きこもり、全裸で異世界デビュー、現在、魔法予備校生。

 その姿を見た劣呉は思った。

「……俺、何してるんだろう」

 魔法の才能を手に入れても。

 過去のトラウマだけは、簡単には消えなかった。

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