第4話「はじめての裁判」
冷たい石造りの部屋。
卑野劣呉は、机を挟んで向かい側に座る男を見ていた。
目の前にいるのは、この街の警察官。
いや、正確には、魔法都市レグナスの治安維持隊だった。
「名前を確認する」
「卑野劣呉」
「出身地は?」
「……わからない」
「家族は?」
「……いない」
「所持金は?」
「ゼロ」
警察官は黙って書類を見る。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「森の奥から突然現れた」
「はい」
「服を着ていなかった」
「はい」
「身元を証明できるものを何も持っていない」
「はい」
「……怪しすぎるな」
劣呉は何も言い返せなかった。
客観的に見ると、完全に不審者だった。
取り調べは数時間続いた。
しかし、劣呉にもわからないことが多すぎた。
自分がなぜこの世界に来たのか。
元いた世界へ戻れるのか。
そもそも、この世界の名前すら知らない。
説明できることが何もなかった。
その時
警察官が机の上に何かを置いた。
「食べろ」
「……これは?」
そこには、湯気の立つ料理があった。
「カツ丼だ」
劣呉は目を丸くする。
「異世界にもあるのかよ……」
一口食べる。
「……うまい」
森で食べた植物や木の実とは違う。
温かい。
味がある。
文明の味だった。
劣呉は久しぶりのまともな食事に感動した。
しかし、
「では、供述書に署名を」
「……え?」
「取り調べへの同意確認だ」
劣呉は紙を見る。
文字は読める。
なぜ読めるのかは分からない。
異世界転移の影響なのだろう。
だが、そこで《生存術》が反応した。
『警告』
『現在の状況は、相手側に有利な条件が多い』
『署名した場合、不利な契約が成立する可能性があります』
劣呉は手を止めた。
(危な……)
ただの食事だと思った。
しかし、この世界では。
情報も。
契約も。
全部が生き残るための要素になる。
「……少し確認してもいいですか?」
劣呉は慎重に質問を重ねた。
結果。
彼は「故意に裸で街を歩いたわけではない」という形で記録を残すことに成功した。
しかし、問題は解決しなかった。
数日後
劣呉は裁判所へ連れて行かれることになった。
裁判の日。
巨大な法廷。
中央には裁判官。
左右には検察官と弁護士。
……と言いたいところだった。
しかし、
「弁護人は?」
裁判官が尋ねる。
劣呉は黙る。
「いません」
「なぜだ?」
「お金がないので」
法廷が少しざわつく。
異世界に来て最初の問題。
魔王でも魔物でもない。
金だった。
「被告人、卑野劣呉」
検察官が立ち上がる。
「あなたは公共の場で不適切な姿をしていた」
「それは事実です」
劣呉は認める。
「しかし」
続ける。
「僕は服を捨てたわけではありません」
「森の中で目覚めた時から、持っていなかった」
「つまり、故意ではありません」
検察官が反論する。
「証拠は?」
劣呉は考える。
そして、
《生存術》が発動した。
『状況を有利にする方法を検索』
頭の中で、可能性が組み上がっていく。
「証人を呼んでください」
「証人?」
「門番です」
街の入口で最初に会った人物。
門番は証言した。
「確かに、あの男は森の方向から歩いてきた」
「そして服を持っていなかった」
劣呉は頷く。
「つまり、街へ入る前から服がなかった」
「街中で脱いだわけではありません」
法廷が静まる。
検察官は反論できない。
裁判官はしばらく考え。
そして、
「被告人に故意はなかったと判断する」
「よって、無罪」
劣呉は小さく拳を握った。
「勝った……」
異世界初勝利。
しかし、勇者が手に入れたもの。
伝説の剣でも、莫大な財宝でもない。
わずかな生活支援金だった。
「……少な」
手の中には、数日分の食費程度のお金。
だが、劣呉は笑った。
「ゼロよりはいい」
こうして。
卑野劣呉の異世界生活が始まった。
魔王討伐でも。
冒険でもない。
最初の敵は。
異世界の法律だった。




