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第3話 「森からの脱出」

 目を覚ました時、卑野劣呉が最初に感じたのは、地面の硬さだった。

「……痛っ」

 背中に伝わる土の感触。鼻に入る草の匂い。耳を澄ませば、聞いたこともない鳥の鳴き声が聞こえる。

 劣呉はゆっくりと上半身を起こした。

「……ここ、どこだ?」

 辺りを見渡す。

 そこに広がっていたのは、見渡す限りの森だった。

 巨大な木々。

 見たことのない植物。

 そして、文明の気配が一切ない静かな世界。

「……」

 普通なら、ここでこう言うだろう。

『異世界だ……!』

 だが、卑野劣呉は違った。

「やばい」

 一言目がそれだった。

「食料なし、水なし、建物なし、人間の気配なし……」

 元引きこもりとは思えないほど冷静に周囲を分析する。

「つまり、ここに長時間いたら死ぬ」

 異世界転生した直後の男が最初に考えたこと。

 冒険でもない。

 魔王討伐でもない。

 生存。

 それだけだった。

 その瞬間。

 頭の中に声が響く。

『スキル《生存術》が発動しました』

「……え?」

 次の瞬間、劣呉の頭の中に一つの情報が流れ込む。

 人間の存在する方向。

 安全な道。

 危険な場所。

 まるで本能そのものが、答えを教えているようだった。

「……便利すぎるだろ」

 劣呉はニヤリと笑った。

「戦う必要ないじゃん」

 勇者らしからぬ発言だった。

「敵を倒す? いやいや、敵がいる場所に行かなければいい」

 そして彼は歩き出した。

 魔物を避け。

 危険な場所を避け。

 最短距離で人のいる場所へ向かう。

 数時間後。

「……見えた」

 森の向こう。

 そこには巨大な城壁に囲まれた街があった。

「文明だ……!」

 劣呉は感動した。

 転生して初めて見た人間の街。

 これで助かった。

 そう思った。

 しかし。

 彼は重大なことを忘れていた。

「……」

 街へ近づく。

 門番がこちらを見る。

 そして固まる。

「……」

「……」

「おい」

 門番が口を開いた。

「そこの男」

「はい?」

「服は?」

 劣呉は自分の体を見る。

 そして気づいた。

 何も着ていない。

「……」

「……」

「……」

「いや」

 劣呉は真顔で言った。

「森を脱出できたので問題ない」

 門番は頭を抱えた。

「問題しかない」

 その後。

 卑野劣呉は異世界初日。

 異世界の警察に捕まった。


 馬車型の護送車。

 通称、異世界版パトカー。

 劣呉はその中から街を眺めていた。

「……すごいな」

 街並みはまるで中世ヨーロッパだった。

 石造りの建物。

 大きな城壁。

 鎧を着た兵士。

 しかし。

「……あれ?」

 劣呉は目を細めた。

 道端にある看板。

 見覚えのある形。

「……コンビニ?」

 そこには魔法で冷却された飲み物。

 魔力で動くレジ。

 異世界産の商品。

 確かに雰囲気は中世。

 しかし技術だけを見ると、妙に現代的だった。

「魔法で文明レベルを無理やり上げた感じか……」

 魔力。

 科学。

 物理法則。

 それらが混ざり合った世界。

 この街は、そんな不思議な場所だった。

 劣呉は窓越しに街を眺めながら呟く。

「……悪くないな」

 そして少しだけ笑う。

「ここなら、俺でも生き残れるかもしれない」

 ただし。

 この男はまだ知らなかった。

 この世界で一番危険な存在が、魔物でも魔王でもなく。

 自分自身だということを。

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