第2話 「神様と面接」
目を覚ました時、卑野劣呉が最初に感じたのは、痛みでも恐怖でもなかった。
ただ、何もない。
それだけだった。
周囲を見渡しても、壁はない。天井もない。床があるのかすら分からない。
なのに、なぜか立つことだけはできる。
どこまでも続く純白の空間。
現実とは思えない場所だった。
「……ここ、どこだ?」
劣呉は呟きながら、自分の身体を確認する。
手。
足。
身体。
特に異常はない。
……いや。
一つだけ問題があった。
「……」
劣呉は数秒間、沈黙する。
「服は?」
そう。
彼は現在、何も身につけていなかった。
「いや、おかしいだろ」
劣呉は真顔で周囲を見る。
「死後の世界って、全裸スタートなのか?」
誰も答えない。
白い空間に、彼の声だけが響く。
「せめて説明書くらい用意しろよ……」
その時だった。
突然、空間の中心に光が集まり始める。
小さな光の粒が渦を巻き、徐々に人の形を作っていく。
そして現れた存在。
白い衣。
神々しい雰囲気。
整った顔立ち。
間違いなく、人間ではない。
神。
……のはずだった。
しかし。
劣呉が最初に思った感想は別だった。
(なんか……湿布のCMに出てきそうだな、CG感強すぎない?)
爽やかすぎる。
健康的すぎる。
神というより、疲れた人間に肩こり改善を勧めてきそうな雰囲気だった。
「……」
「……」
しばらくの沈黙。
先に口を開いたのは神だった。
「えっと……」
神は困ったような表情を浮かべる。
「あなた、第一声が服の心配なんですね」
「重要だろ」
劣呉は即答した。
「異世界だろうが死後だろうが、裸は防御力ゼロだぞ」
「いや、ここは戦場ではありません」
「油断した奴から死ぬ」
「あなた、死んだ直後ですよね?」
「だから警戒してる」
神は思った。
面倒くさい。
とても面倒くさい人間を引いてしまった。
「では、状況を説明します」
神は気を取り直す。
「あなたは先ほど、事故によって亡くなりました」
「事故?」
「はい」
「俺、何か悪いことした?」
神が黙る。
「……」
「その沈黙、答えみたいなもんだろ」
神は少し目を逸らした。
「あなたの人生については、こちらでも確認しています」
「どうだった?」
「正直に言います」
神は真剣な顔になる。
「かなり問題がありました」
「ストレートだな」
卑野劣呉。
39歳。
働かない。
人と関わらない。
努力を避ける。
挑戦を避ける。
失敗する可能性があるものから逃げ続ける。
一般的に見れば、褒められる人生ではなかった。
だが。
神は続ける。
「しかし、一つだけ異常な能力があります」
「能力?」
「はい」
神は劣呉を見る。
「あなたは、生き残ることだけに関しては異常なほど優秀でした」
劣呉は少し考える。
「……褒められてる?」
「微妙なところです」
即答だった。
「危険を避ける。相手の弱点を探す。不利な状況なら逃げる。勝てない相手とは戦わない」
神は淡々と説明する。
「普通の人間なら欠点になる部分を、あなたは39年間ひたすら磨き続けた」
「つまり?」
劣呉の目が少し輝く。
「俺、才能ある?」
「方向性が最低です」
「そこは否定しないのかよ」
神はため息をつく。
「ですが、異世界ではその力が必要になるかもしれません」
そして
神は手をかざした。
光が劣呉を包む。
「あなたに与える能力は――」
空間に文字が浮かぶ。
《生存術》
「どんな状況でも、生き残るための能力です」
劣呉はその文字を見る。
「……卑怯なこともできる?」
「使い方次第です」
「できるんだな」
「否定できないのが怖いですね」
光がさらに強くなる。
すると次の瞬間。
大量の情報が劣呉の頭へ流れ込んだ。
魔法。
魔物。
国家。
勇者。
魔王。
異世界の歴史。
本来なら何年もかけて学ぶ知識が、一瞬で理解されていく。
「……なるほど」
劣呉は静かに呟く。
「つまり」
神は少し期待する。
「世界を救う決意ができましたか?」
「いや」
劣呉は即答した。
「死なない方法を探す」
神の笑顔が固まる。
「……」
「勇者って普通、世界を救うんですよ?」
「死んだら終わりだろ」
「まあ、そうですが」
「なら最優先は生存」
神は頭を抱えた。
「あなた、本当に勇者で大丈夫ですか?」
「勝てばいいんだろ?」
「その考え方、勇者じゃなくて生存者なんですよ」
そして
転移の準備が始まる。
「では、異世界へ送ります」
「待て」
「なんですか?」
「服」
「……」
神が沈黙する。
「忘れました」
「は?」
「転移処理を優先してしまって」
「いやいやいや」
劣呉が叫ぶ。
「異世界初日だぞ!?裸で森スタートって難易度設定間違ってないか!?」
しかし
時すでに遅し。
光が彼の身体を包み込む。
「せめて服だけでも――!」
叫び声とともに、劣呉の姿は消えた。
数秒後。
深い森の中。
一人の男が現れる。
裸で。
武器なし。
防具なし。
所持品なし。
だが
彼には一つだけあった。
どんな状況でも生き残ろうとする、異常な執念。
「……まず服を探すか」
卑野劣呉の異世界生活が始まった。




