第29話 覚醒
王都レグナス。
世界最強の勇者と、神になろうとする斎藤。
両者が同時に地面を蹴った。
衝突。
その瞬間、轟音すら消えた。
勇者の草薙神剣が振るわれる。
世界を書き換える《オーバーライド》。
創世の力。
武器庫から放たれる無数の兵装。
空間は幾度も再構成され、斬られ、創られ、消えていく。
一方の斎藤は、黒く染まった身体から膨大なテカリエネルギーを放出していた。
「禿光!!」
眩い光が世界を覆う。
しかし、それは単なる光ではなかった。
重く。
熱く。
そして、生理的嫌悪感そのものが質量を持って押し寄せる。
勇者は剣を構えた。
「草薙。」
一閃。
光は切り裂かれる。
だが、その裂け目から、さらに濃密な黒い光が溢れ出した。
「まだじゃ。」
斎藤は頭を押さえ、大声で笑う。
「まだ足りん!」
「もっとテカれぇぇぇ!!」
ゴォォォォッ!!
世界中の光が斎藤へ集まり始める。
空が暗くなる。
太陽の輝きさえ奪われていく。
頭頂部の光は白から黄金へ、黄金から純白へと変化していく。
空気が震えた。
世界そのものが拒絶反応を起こしている。
「これが……。」
「禿光大御神。」
勇者は表情一つ変えない。
「ならば、上書きする。」
《オーバーライド》発動。
勇者は禿光大御神そのものを解析し、世界の法則を書き換えようとする。
しかし。
「……!」
解析が止まった。
世界側が拒絶した。
斎藤自身が、災害として成立し始めていたからだ。
「遅いぞ、勇者。」
斎藤が右手を掲げる。
「終わりじゃ。」
禿光大御神が放たれた。
光ではない。
災害だった。
勇者は草薙神剣を正面へ構える。
「黄泉津総大尽――!!」
黒と白の権能が激突する。
世界が白く染まった。
誰も目を開けられない。
轟音だけが響き続ける。
数秒後。
静寂が訪れた。
そこに立っていたのは。
斎藤だけだった。
勇者の身体は無数の光の粒となり、風に乗って崩れていく。
最後まで表情は変わらない。
「……後は、頼んだ。」
その言葉を最後に。
勇者は静かに塵となって消滅した。
「勇者ぁぁぁぁぁ!!」
劣呉は叫んだ。
身体が震える。
怒りなのか。
恐怖なのか。
自分でも分からない。
斎藤はそんな劣呉を見て、楽しそうに笑う。
「次はお前じゃ。」
その瞬間。
地面を這っていた黒染が、劣呉の足元へ伸びた。
「しまっ――」
黒染が足首へ触れる。
普通なら。
人間なら。
身体は黒く染まり、分解される。
だが。
何も起こらなかった。
ピコン。
頭の中で機械音が鳴る。
『《生存術》進化条件を確認。』
『未知の内部侵食を検知。』
『対抗能力を生成します。』
『新規スキル獲得。』
『――《非挿者》』
次々と情報が流れ込む。
『体内干渉を無効化。』
『毒、寄生、呪い、細胞侵食を拒絶。』
『生体情報改変を無効化。』
『内部作用は成立しません。』
劣呉は驚きながら自分の身体を見る。
「……効いて、ない?」
斎藤も初めて笑みを止めた。
「ほう。」
「体内への黒染が効かんか。」
興味深そうに一歩近づく。
「面白い。」
「実に面白い。」
劣呉はゆっくりと立ち上がる。
勇者は敗れた。
もう誰も守ってはくれない。
逃げ続けてきた男は、初めて真正面から斎藤を見据えた。
震えは止まらない。
それでも。
足だけは、一歩前へ踏み出した。
「……やるしか、ない。」
斎藤は口元を歪める。
「そうじゃ。」
「その顔が見たかった。」
王都には、再び静寂が訪れた。
人類最後の希望は消えた。
だが、一人の卑怯者は。
この瞬間、覚悟を決めた。




