第28話 全身全霊
街の中央では、人類史上最大の戦いが続いていた。
勇者と斎藤。
たった二人の衝突だけで、大地は割れ、空は裂け、建物は衝撃波だけで崩れ落ちていく。
兵士も魔導師も、誰一人近づけない。
劣呉は遠く離れた瓦礫の陰から、その戦いを見つめていた。
「……何なんだよ、あれ。」
勇者が草薙神剣を振るう。
剣閃は空間そのものを切り裂き、斎藤の放つ禿光を何度も打ち消した。
しかし。
斎藤の身体は再生する。
焼かれても。
切られても。
砕かれても。
何事もなかったかのように立ち上がる。
「ふぉっふぉっふぉ!」
「良いぞ! 良いぞ勇者ァ!」
「もっと実験データを寄越すんじゃ!」
勇者は静かに息を吐いた。
「……終わらせる。」
その一言とともに、世界が震えた。
勇者の足元から、幾重もの魔法陣が展開される。
空が金色に染まり、周囲の空間がねじ曲がっていく。
「武器庫、完全接続。」
「能力層、解放。」
「生物層、解放。」
「封印層、解放。」
見えない世界が開いた。
無数の武器。
数億もの能力。
世界を書き換えるためだけに存在する異空間。
そのすべてが勇者へと接続される。
勇者の瞳は黄金へ変わった。
長い髪がふわりと浮く。
身体を包む魔力は、もはや魔力ではない。
世界そのものが勇者へ従っているようだった。
「――黄泉津総大尽。」
静かな声。
「イザナミ。」
右半身を黒い光が包む。
「イザナギ。」
左半身を白い光が包む。
黒と白。
終焉と創世。
破壊と創造。
相反する二つの権能が、一人の人間へ統合される。
勇者はゆっくりと剣を構えた。
「世界は。」
「ここで書き換える。」
その姿を見た兵士たちは、ただ膝をつくしかなかった。
「あれが……勇者……。」
誰もが勝利を確信した。
だが。
斎藤は笑っていた。
「ふぉっふぉっふぉ……。」
「ようやく本気か。」
白衣の懐から、小さな黒い結晶を取り出す。
黒染結晶。
世界中のダンジョンで発見された、正体不明の結晶。
禍々しい光を放ちながら脈動している。
劣呉は思わず叫んだ。
「それは駄目だ!!」
斎藤は聞こえていない。
躊躇なく。
黒染結晶を口へ放り込んだ。
ゴクリ。
飲み込んだ瞬間だった。
――ドクン。
世界が脈打つ。
斎藤の身体中に黒い筋が走る。
白衣はさらに黒く染まり、周囲の地面までも黒く侵食していく。
「ぐっ……!」
空間そのものが軋み始める。
空は黒く染まり。
太陽の光が頭頂部へ吸い寄せられていく。
まるで世界中の光が、一点へ集まっているかのようだった。
斎藤の頭部が、ゆっくりと輝き始める。
最初は蝋燭ほどだった光が。
次第に松明となり。
やがて太陽にも匹敵する眩さへ変わる。
その光は暖かくない。
ただ、生理的嫌悪感だけを世界中へ撒き散らしていた。
見るだけで吐き気がする。
心臓が締め付けられる。
理由もなく涙が流れる。
人々は頭を抱え、その場へ倒れていく。
「何だ……この嫌悪感は……。」
劣呉ですら震えていた。
《生存術》が激しく警告音を鳴らす。
『危険度……測定不能。』
『解析不能。』
『対象を災害認定。』
斎藤はゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、もはや人間らしさは残っていない。
頭上には巨大な光輪。
全身は黒い輝きに包まれ。
存在そのものが世界から拒絶される異形へ変貌していた。
「さぁ……。」
斎藤が静かに笑う。
「第二ラウンドじゃ。」
その瞬間。
世界最強の勇者と。
神へ至ろうとする怪物が。
互いに一歩を踏み出した。




