第26話 奇襲
王都レグナス。
まだ壊れた城門の修復も終わらない早朝だった。
「敵襲!!」
見張りの叫びが王都中に響く。
城壁の上へ駆け上がった兵士たちは息をのんだ。
地平線の彼方まで埋め尽くすほどの、黒い群れ。
黒く光る魔物が、波のように王都へ押し寄せていた。
「多すぎる……。」
「数千……いや、数万か!」
勇者は一歩前へ出る。
「落ち着け。」
その一言だけで場の空気が変わる。
「魔法軍!」
「前衛の足止めを最優先。」
「騎士軍!」
「市民を避難させろ。戦うな。」
「治療班!」
「負傷者を城内へ。」
的確な指示が飛ぶ。
誰一人迷わない。
兵士たちは一斉に動き始めた。
「行け!!」
魔法が一斉に放たれる。
炎。
氷。
雷。
風。
無数の魔法が黒い群れへ降り注ぐ。
しかし。
魔物たちは止まらない。
倒れても、踏み越えて前へ進んでくる。
「まずい!」
「押し切られる!」
その時。
「今だ。」
卑野劣呉が前へ出た。
「《落とし穴生成》!」
ゴゴゴゴゴ……
王都前の大地が一気に崩れ落ちる。
巨大な落とし穴が幾重にも出現した。
「ギャアアア!」
「グオオ!」
大量の魔物が次々と落下していく。
「よし!」
「まとめて落ちた!」
劣呉は拳を握る。
「一年かけて準備した落とし穴だ!」
しかし。
穴はすぐに埋まった。
魔物が多すぎる。
後続が前の魔物を踏み台にし、次々と乗り越えてくる。
「……無理だ。」
「数が違いすぎる。」
その時だった。
劣呉はある異変に気付く。
「……あれ?」
魔物が歩いた地面。
城壁。
倒れた木。
すべてが黒く変色していた。
「触れた場所が……染まってる?」
嫌な予感がした。
だが、その直後。
「おおおおお!!」
一人の騎士が剣を振り上げ、魔物へ飛び掛かった。
「危ない!」
劣呉が叫ぶ。
しかし遅かった。
騎士の剣は魔物へ届く。
ガキン。
まるで岩を斬ったような音だけが響く。
「なっ……!」
次の瞬間。
魔物が騎士の腕へ触れた。
ジジジジ……
鎧が黒く染まる。
「何だこれ……!」
腕。
肩。
胸。
黒い変色は全身へ広がっていく。
「助け――」
言葉は最後まで続かなかった。
身体が崩れる。
皮膚。
筋肉。
骨。
すべてが黒い粒子となり、静かに分解されていった。
「……。」
誰も動けなかった。
勇者だけが静かに呟く。
「触れるな。」
「あれは人間では止められない。」
魔法も。
剣も。
槍も。
一切効かない。
まさに無敵だった。
その様子を遠くから眺める男がいる。
黒ずんだ白衣。
パンツ一丁。
センターパートの禿げ頭。
斎藤だった。
彼は嬉しそうに手帳へ何かを書き込んでいる。
「ふぉっふぉっふぉ。」
「良い実験になりそうじゃ。」
「今のところ仮説通り。」
勇者が剣を向ける。
「斎藤。」
「あの魔物は何だ。」
斎藤はニヤリと笑った。
「器じゃよ。」
「器?」
「昔の転移魔法事故を覚えておるか?」
勇者の表情が変わる。
「……372人。」
「そうじゃ。」
「転移途中で行方不明になった者たちじゃ。」
斎藤は楽しそうに続ける。
「転移された先は、ダンジョン深層。」
「そこで長い年月をかけ、器として育てた。」
「そして。」
懐から黒い結晶を取り出す。
黒染結晶。
「これを移植した。」
「ようやく安定してきたわい。」
劣呉は息を呑む。
「まさか……。」
「あの魔物って。」
「元は人間……?」
「その通り。」
斎藤はあっさり認めた。
勇者が低い声で問う。
「転移事故は。」
「お前が起こしたのか。」
斎藤は笑みを浮かべる。
「もちろんじゃ。」
「転移魔法には面白い性質がある。」
「転移中、必ず通過する一点が存在する。」
「そこへ術式を細工すれば。」
「目的地など自由自在。」
「わしは。」
「全員をダンジョン深層へ送り込んだ。」
その言葉を聞いた瞬間。
王都の空気が凍りついた。
三百七十二人の失踪。
あれは事故ではなかった。
すべて。
一人の男が仕組んだ人体実験だったのである。




