第12話 「魔法学概論」
実技教員が行方不明となってから一週間。
魔法ゼミナールでは、危険を考慮し実技授業は全面中止となった。
代わりに始まったのは――
「今日から学科を重点的に学びます。」
教壇に立った白衣の教師が黒板へ大きく書く。
『魔力理論学』
「えぇ……」
生徒たちからため息が漏れた。
劣呉だけは少し安心していた。
(魔物よりはマシだ。)
一時間目 魔力理論学
教師は黒板へ複雑な図を書き始める。
「まず、皆さんの体内には細胞内魔力回路があります。」
黒板には輪のような図。
『カルプス・ペストン回路』
「この回路ではカルプスCOAとMDPHを利用し、魔力の源となる**MTP(魔力三リン酸)**を合成します。」
劣呉はノートを書く手を止めた。
(……何一つ分からん。)
「さらに重要なのがこちら。」
教師は細胞の絵を描く。
「マリョリボヌクレオチド(MPRNA)。」
「通常のRNAとは異なり、魔法や能力の情報を保持する特殊な遺伝情報です。」
「皆さんが火球を撃てるのも、水を操れるのも、このMPRNAが発現しているからです。」
一人の生徒が手を挙げる。
「先生、能力って遺伝するんですか?」
「一部は遺伝します。」
「突然変異もあります。」
「異世界転移者は例外です。」
教室がざわつく。
教師は続ける。
「続いてMTPです。」
黒板へ式を書く。
MDP + リン酸 → MTP
「MTPは三つ目のリン酸に大量の魔力エネルギーを蓄えています。」
「魔法を使う時、この高エネルギーリン酸結合を分解します。」
「すると――」
教師は矢印を書く。
MTP → MDP + 魔力
「放出された魔力が体外へ放たれ、魔法となります。」
「残ったMDPは再びカルプス・ペストン回路へ戻り、新しいMTPへ再合成されます。」
「つまり。」
教師は笑顔で言った。
「皆さんの体は、一日中この回路を回し続けています。」
教室は静まり返る。
劣呉は隣の生徒へ小声で聞いた。
「分かった?」
「全然。」
「俺も。」
二時間目 魔法歴史学
教師が教室へ入るなり言った。
「今日は歴史上もっとも有名な三人について学びます。」
黒板へ書かれる。
『勇者』
『魔王』
『賢者』
「この三人は、現在の魔法文明の基礎を築いた存在です。」
「勇者は世界を書き換える者。」
「魔王は存在を無へ還す者。」
「賢者は知識と発展を司る者。」
生徒たちは真剣に聞いている。
「では次。」
教師は少しだけ顔をしかめた。
『ハゲカタストロフ(終演の厄災)』
「先生。」
一人が手を挙げる。
「何ですか、その名前。」
「……正式名称です。」
教室が静まり返る。
「数十年前に発生した世界規模災害。」
「詳細は現在も極秘ですが、この事件で多くの文明が消滅しました。」
「また、この戦いで魔王は死亡したとされています。」
教師はページをめくる。
「続いて。」
『異世界転移型勇者』
「勇者は、この世界の住人とは限りません。」
「異世界から召喚される事例が複数確認されています。」
「理由は現在も不明です。」
さらに教師は続ける。
「そして教会最大の秘匿技術。」
『セーブプログラム』
教室がざわつく。
「教会では極めて特殊な魔法記録術を運用しています。」
「しかし詳細は国家機密です。」
「皆さんが知る必要はありません。」
最後に教師は黒板へ書いた。
『同じことしか喋らないNPC』
「……先生。」
「はい。」
「NPCって何ですか?」
「分かりません。」
「え?」
「歴史書にはそう書かれているだけです。」
「各地には昔から、同じ言葉だけを繰り返す人々の記録があります。」
「意思疎通は不可能。」
「寿命も確認されていません。」
「正体も不明です。」
教室は静まり返った。
劣呉はぼそりと呟く。
「……この世界、魔物より怖くないか?」
誰も否定しなかった。




