第10話「実習は命がけ」
魔法ゼミナール恒例。
ダンジョン実習の日がやってきた。
魔法都市レグナスの郊外に存在する初心者用ダンジョン。
ここは魔法の実戦訓練を行うため、定期的に学生が訪れる場所だった。
「今回の課題は、中型魔物を一体討伐することです」
引率の先生が説明する。
「焦らず、周囲と連携してください。危険を感じたら私が介入します」
生徒たちは元気よく返事をした。
「はい!」
劣呉だけ返事をしなかった。
代わりに《生存術》で周囲を確認していた。
(逃げ道三か所……先生の位置……よし)
「卑野君」
「はい?」
「話、聞いてました?」
「逃げ道は三つあります」
「そこじゃないです」
先生は頭を抱えた。
実習開始。
ほどなくして、中型魔物が現れた。
体長三メートルほどの狼型魔物。
「行きます!」
優等生が前へ出る。
「ファイアランス!」
巨大な炎の槍が一直線に飛ぶ。
続いて別の生徒。
「アイススピア!」
鋭い氷柱が魔物を貫く。
「ウインドカッター!」
風の刃が連続で襲い掛かる。
「おお……」
劣呉は感心した。
「ちゃんと魔法使ってる」
「当たり前です」
先生が即答した。
その頃。
劣呉は一人だけ別行動をしていた。
魔物の真正面には立たない。
必ず死角へ回る。
そして、
『相手の視界を砂で塞ぐ魔法』
砂煙が舞う。
「グルァッ!?」
魔物が目をこする。
「今です!」
優等生たちの魔法が炸裂する。
さらに。
『相手の髪の毛を毟る魔法』
魔物のたてがみが数本抜ける。
「グガァァッ!」
「先生」
「はい?」
「効いてます」
「精神的にでしょうね!」
先生のツッコミが飛ぶ。
劣呉は止まらない。
『一瞬で物を奪う魔法』
魔物が口にくわえていた獲物を奪い取る。
混乱する魔物。
そこへ。
『靴紐をほどく魔法』
「先生」
「魔物、靴履いてませんよ」
「……試しです」
「何を試したんですか!」
周囲の生徒は笑いをこらえていた。
戦っているはずなのに。
なぜか漫才になっている。
最後は優等生の中級魔法が決まり、中型魔物は倒れた。
「討伐完了!」
歓声が上がる。
先生もほっと息をついた。
「皆さん、お疲れ様でした。今回はここまでです。帰還しましょう」
その時だった。
――ズドォォン!!
地面が揺れた。
壁に大きな亀裂が走る。
「……え?」
先生の顔色が変わる。
次の瞬間。
岩壁が爆発したように砕け散った。
砂煙の中から現れたのは。
身長六メートルを超える巨大な魔物。
黒い外殻。
鋭い牙。
一本一本が槍のような爪。
初心者ダンジョンには絶対に存在しないはずの大型魔物だった。
「そんな……」
先生の声が震える。
「あり得ません……!」
大型魔物が低く唸る。
空気そのものが震えた。
先生は杖を構え、大声で叫ぶ。
「……全員、逃げろ!!」
敬語は消えていた。
それだけで、生徒たちは事態の深刻さを理解した。
「ファイアランス!」
「アイススピア!」
「ウインドカッター!」
優等生たちが必死に魔法を放つ。
しかし。
炎は弾かれ。
氷は砕かれ。
風は届きもしない。
大型魔物は一歩も止まらなかった。
その瞬間。
劣呉の頭の中に警告音が響く。
『《生存術》起動』
『危険度……測定不能』
『生存確率……0・3%』
「……は?」
劣呉は画面を見つめた。
何度見ても。
数字は変わらない。
「無理だろ……」
全身から力が抜ける。
膝が笑う。
立っていられない。
その場へ崩れ落ちた。
「ひっ……」
呼吸が乱れる。
視界がぼやける。
極度の恐怖で意識が遠のき、口元には泡が浮かび始める。
生存術は一度も嘘をついたことがない。
だからこそ、劣呉には分かってしまった。
これは、
本当に勝てない相手だと。
大型魔物が。
一歩。
また一歩。
ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
そして、巨大な右腕を振り上げた。




