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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン1

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90/8108

帝都への特使――大和から東京へ


--## エピソード90 帝都への道、特使出発


昭和二十年四月二十二日、午後九時。

呉駅。


灯火管制下の構内に、一編成の列車が待機していた。


華やかな特別列車ではない。


先頭には蒸気機関車。後ろには旅客車数両と荷物車。窓には遮光幕が下ろされ、行先表示も外されている。


駅員に知らされているのはただ一つ。


――軍務上、最優先。


その列車へ、三人の男が乗り込もうとしていた。


戦艦「大和」副長・森下大佐。


護衛艦「まや」電子戦士官・三条律二尉。


そして東京から派遣された外務省連絡官。


三条の右手には、黒い耐衝撃ケースがあった。


中身はタフブック一台と、複数の記録媒体。


だが、それだけではない。


大和側が作成した戦闘詳報。


航海日誌の写し。


通信受信簿。


砲術記録。


坊ノ岬から沖縄、そして呉帰還までの損傷記録。


未来側の電子データだけなら、偽造だと言われる。


大和側の紙だけなら、集団錯誤だと言われる。


だから二つを一緒に運ぶ。


昭和と未来。


互いに独立して記録された二種類の証拠だった。


「これが山名三尉の資料です」


三条が一冊の封筒を森下へ示した。


沖縄に残った山名がまとめた、第32軍との連絡経過、米軍行動予測、首里防衛線で実際に確認された結果。


森下は封印を確認した。


「本人は来られんのか」


「首里を離せません」


三条は答えた。


「今はあちらの通信系統を知る人間の方が貴重です」


森下は頷いた。


戦場では、人間そのものが補給不能な資源になる。


意味もなく東京へ呼び戻す余裕はなかった。


***


「まや」艦内で、出発直前の最終確認が行われた。


高梨艦長がケースを指差す。


「三条。端末を失っても任務を続けられるよう、重要資料は紙でも持て」


「準備済みです」


「電源は」


「予備バッテリー二系統。充電器も携行します。ただし東京側の交流電源へ直接つなぐことはしません」


一九四五年の電力設備へ、二十一世紀の電子機器を無造作につなぐわけにはいかない。


電圧。


周波数。


接地。


電源品質。


どれか一つを誤れば、代替品の存在しない機器を壊しかねない。


「データは三重化しました。ただし暗号鍵を含む現代の機密部分は分離しています」


「それでいい」


必要なのは未来兵器の秘密を帝国陸海軍へ渡すことではない。


この戦争を続けた場合、何が起こるのかを証明することだった。


高梨は三条を見た。


「東京で聞かれたことにだけ答えろ。知らないことは知らないと言え」


「はい」


「未来を予言するな」


三条が一瞬黙る。


高梨は続けた。


「我々の知っていた歴史は、もう終わっている」


Ep89で有賀と交わした言葉だった。


「広島と長崎で何が起きたかは説明できる。だが、これから同じ日に同じことが起きるとは言うな」


「了解しました」


「未来情報は判断材料だ。命令ではない」


三条は敬礼した。


***


午後八時五十分。


一行は海軍車両で呉駅へ入った。


駅周辺の警備は厳重だった。


しかし兵を大量に並べて目立たせることはしない。


憲兵と海軍警備員が要所だけを押さえ、乗車者名簿も通常の旅客名簿とは分離されている。


列車の運行についても、途中駅には必要最小限しか伝えられていなかった。


米軍航空攻撃が続く本土では、鉄道そのものが安全な交通手段ではない。


昼間の長距離移動は発見される危険が増す。


だから夜間に可能な限り距離を稼ぐ。


空襲警報が出れば列車は停止する。


線路が破壊されれば迂回する。


東京到着時刻すら保証されない。


森下がホームで大和のいる方角を振り返った。


「妙なものだ」


三条が見る。


「何がですか」


「沖縄へ出る時は、あれほど大きな艦に乗って死にに行った」


森下は黒いケースを見る。


「今度は、こんな小さな箱を持って国を救いに行く」


三条は答えた。


「箱ではありません」


「では何だ」


「証拠です」


汽笛が鳴った。


三人が乗り込む。


午後九時ちょうど。


連結器が重く鳴り、列車がゆっくり動き始めた。


呉の灯が後方へ流れていく。


車内で三条はケースを膝から離さなかった。


その中には、未来の日本が保存していた戦争の記録がある。


しかし彼らが東京へ持っていく本当の物証は、それだけではない。


沈むはずだった大和が生きている。


未来艦「まや」が呉に浮かんでいる。


沖縄では牛島軍司令官が自決を禁じた。


そして戦場では、米軍さえ力攻めの代償を計算し始めている。


それらすべてが、一つの問いを帝都へ運んでいた。


――それでも、まだ戦争を続けるのか。


列車は闇の山陽路へ入った。


目指す先は東京。


そして、そのさらに先にある御前会議だった。

-





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