那覇沖砲撃――見えざる照準
昭和二十年四月八日、午前五時。那覇沖、慶良間諸島北方海域。
東の水平線がわずかに白み始めた黎明の薄明かりの中、黒々とした巨大な影が荒れる海原を切り裂いていた。戦艦「大和」――満載排水量七万二千トンを誇る世界最大の巨艦が、右舷後方に海上自衛隊の護衛艦「いずも」「まや」、そして左舷深くに静かに潜航する「そうりゅう」を従え、速力二十ノットで突入針路を維持していた。なお、前日の坊ノ岬沖海戦で被弾し機関不調に陥った護衛艦「むらさめ」は、本隊の後方警戒任務へと一旦退いていた。
大和の第一艦橋には、身を切るような夜明けの冷気と、肌が粟立つような張り詰めた沈黙が満ちていた。
艦長・有賀幸作大佐は双眼鏡を胸元に下ろし、第一艦橋の一角に臨時に陣取る海自の時代間連絡班――山名三尉へと視線を投げた。
「山名三尉、敵揚陸船団の正確な位置は出たか」
「はい」山名は額に滲んだ冷汗を拭うこともなく、簡易プロッターの画面と海図を見比べながら即答した。
「上空のMQ-9Bシーガーディアン、および『まや』のSPY-1Dレーダーが捉えた最新の目標諸元です。那覇港沖合一万八千から二万四千メートルの海域に、米軍の上陸用舟艇(LST・LCT)および貨物輸送船約五十隻が集結中。前衛にはフレッチャー級駆逐艦四隻が警戒線を張っています」
GPS衛星の信号は、この1945年の空には一切存在しない。海自の戦闘システムは、慣性航法(INS)と海岸線のレーダー地形照合によって自立的に算出したローカルグリッド座標を、手作業で旧日本海軍の経緯度・方位角へと換算していた。山名が素早く書き留めた調定紙片が、伝令の手を経て江島砲術長へと手渡される。
「目標、那覇港沖合の敵泊地! 各大和基準方位一九五、距離二万二千! 徹甲弾装填、初弾観測射撃用意ッ!」
江島の野太い号令が、伝声管と電鈴を通じて前後の主砲塔へ届く。
ギーッという重々しい軋み音とともに、四十六センチ三連装主砲塔が不気味なうねりを上げて旋回を始めた。長大な砲身がゆっくりと仰角を上げていく。光学測距儀のレンズにはまだ朝靄と水平線の向こうの闇しか映っていない。完全に未来の「電子の眼」だけを頼りにした、軍事史の常識を覆す未曾有の視界外砲撃であった。
「……撃てッ!」
轟音。第一砲塔と第二砲塔の計六門が一斉に火煙を噴き上げた。
すさまじい衝撃波が大気を切り裂き、海水が激しく逆巻いて白い水柱をあげる。放たれた一・四トンの九一式徹甲弾が、重低音のうなりを残して黎明の空へと吸い込まれていく。
上空一万メートル。
薄い雲の上を旋回するMQ-9Bの電子光学・赤外線(EO/IR)ポッドが、遠方のはるか着弾海域の熱源映像を正確に捉えていた。ターボプロップエンジンの燃料残量は残り一時間分を切っており、これがこの無人機に許された最後の誘導任務だった。
数十秒後、那覇沖の海面に巨大な白塔が凄まじい勢いで立ち昇った。
『初弾、目標中心より遠方へ四〇〇、右へ一二〇』
見通し線(LOS)データリンクを通じて「いずも」FICへ届いた修正値が、短波音声無線で瞬時に大和の電信室へ叩き込まれる。
「初弾修正! 遠へ四〇〇、右へ一二〇! 第二斉射、全砲門――撃てッ!」
二度目の凄まじい咆哮。修正された弾雨が、那覇港沖に蝟集していた米軍揚陸船団のど真ん中へ吸い込まれていった。
一隻のLST(戦車揚陸艦)の甲板を、四十六センチ徹甲弾が垂直に近い角度で容赦なく貫通した。厚い鋼鉄の装甲など紙同然に突き破り、船底の車両甲板に満載されていたM4シャーマン戦車の弾薬とガソリンタンクに引火。次の瞬間、艦全体が真紅の巨大な火球となって夜明けの海を昼のように照らし出した。衝撃波で隣接する二隻のLCTが横転し、もうもうたる黒煙が天を衝いた。
「命中! 敵大型揚陸艦、轟沈! 周囲の舟艇群に誘爆拡大!」
大和の第一艦橋に沸き立つような歓声が上がった。だが、有賀艦長は微動だにしなかった。
「浮かれるな! 敵の反撃が来るぞ!」
水平線の向こうで、米軍の護衛駆逐艦が狂ったような警報を鳴らし、対空・対水上レーダーを必死に振り回し始めていた。沖合に展開する米巡洋艦の八インチ主砲が、閃光を発して大和の方向へ激しく撃ち返してくる。同時に、伊江島および慶良間諸島の臨時基地から、警戒飛行中だったF6Fヘルキャット戦闘機と雷撃機が、黒煙の上がる那覇沖へ向けて殺到を開始した。
「まや」のCICでは、電子戦士官の三条律が張り詰めた声で警告を発していた。
「敵機接近! 数、二十四! 超低空で大和へ接近中!」
「片倉司令、対空ミサイルの使用許可を!」武器管制官が叫ぶ。
だが、片倉一佐は冷徹に首を振った。
「不許可だ。SM-2の残弾は十二発、ESSMも八発しかない。ここで使い切れば、艦隊は完全に無防備になる。近接防御火器(CIWS)の射程に入るまでミサイルは封印せよ! 対空迎撃は大和の高角砲と機銃群に任せ、我が艦は高出力ECM(電磁妨害)で敵の無線通信を遮断する!」
「了解! 広帯域ノイズ放射、開始!」
「まや」のマストから放たれた強力なジャミング電波が、米軍機の無線帯域を完全に制圧した。急降下に入ろうとしていた米パイロットたちのヘッドセットが猛烈な金切り声に包まれ、攻撃編隊の連携は音を立てて瓦解した。
通信を奪われ、目視のみで突進してきた米機に対し、大和の舷側に林立する九六式二十五ミリ三連装機銃と八九式高角砲が、猛烈な火網を張り巡らせた。曳光弾の赤い線が幾重にも交錯し、突入してきた二機のヘルキャットが火を噴いて海面に激突する。
一方、那覇沖南方十五海里の深海。
水深百三十メートルの冷徹な暗闇を、海自の潜水艦「そうりゅう」が低速で潜航していた。
ソナー室で石倉先任伍長がヘッドセットに神経を尖らせる。
「敵艦のスクリュー音を探知。大和の側面に回り込もうとする米駆逐艦二隻。方位二一〇、距離一万二千」
発令所で竹中艦長が低く下令した。
「十八式魚雷の注水は待て。魚雷の残弾は貴重だ。アクティブソナーを単発照射、相手の足止めを図れ」
ピィィィィン……!
海中を切り裂く鋭利な高周波パルスが、米駆逐艦の耐圧殻を直撃した。突如として未知の超高出力ソナーに叩かれた米駆逐艦は、潜水艦の奇襲を恐れて進路を変え、爆雷投下針路へと後退を余儀なくされた。大和の横腹を突く雷撃ラインは、一本の魚雷を撃つこともなく水面下で完全に無力化された。
午前七時。
大和の主砲斉射は計八回に及び、那覇沖に集結していた米上陸船団の第一陣は壊滅的な打撃を被った。炎上する無数の舟艇と物資が海を埋め尽くし、米軍の第二次上陸計画は完全に頓挫した。沖合の米巡洋艦隊は、射程外からの圧倒的に精密な巨砲の威力に戦慄し、煙幕を展開して一時後退を開始していた。
硝煙漂う大和の艦橋で、有賀艦長は静かに煙草に火をつけた。
その視線の先には、傷つきながらも並航を続ける護衛艦たちの姿があった。
「……勝ったのか」森下副長がかすれた声で呟く。
「いや」有賀は煙を吐き出し、険しい眼差しで海を見つめた。なにかを見据えるようなその瞳には深い憂いが宿っている。「敵は兵站の化け物だ。この程度の出血で退く相手ではない。そして、未来の友の弾薬も底をつきかけている……ここからが、本当の正念場だ」
那覇沖に立ち上る黒煙の向こうで、米軍という巨大な軍事機構が、未知の敵に対する苛烈な再編成を始めようとしていた。




