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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン1

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勝利の代償――米軍、沖縄沖より後退す



昭和二十年四月八日、午後四時。那覇港沖合。

朝から断続的に激しく続いた砲煙と爆音は、潮風に流されてようやく薄らぎ始めていた。海面には、破壊され黒煙を上げる米軍の輸送艦や上陸用舟艇の無残な残骸が漂い、重油の分厚い油膜が波間にぎらついている。

米第10軍の上陸船団は、水平線の彼方から寸分違わず撃ち込まれた戦艦「大和」の四十六センチ巨砲と、海上自衛隊の精密な観測誘導により、揚陸の主力を担うはずだった輸送艦艇の三割以上を瞬く間に撃破された。沖合に展開していた米護衛空母や支援巡洋艦群も、未知の長距離砲撃と強烈な電波妨害(ECM)に統制を失い、一旦全軍を那覇沖から慶良間諸島南方へと後退させる決断を下していた。


大和の第一艦橋。

装薬の甘い硝煙の臭いが充満する中、有賀幸作艦長は双眼鏡を胸に当て、退却していく米艦隊の航跡を見届けていた。

「……敵艦隊、変針を確認。那覇港沖合より完全に離脱していきます」

見張り員の掠れた報告に、艦橋内から堰を切ったように歓声が湧き上がった。

「大和は勝ったぞ!」「米軍を押し返した!」

帝国海軍の将校や伝令兵たちが抱き合い、目から熱い涙を流している。死地と定めて出撃した沖縄の海で、米軍の大船団を一方的に叩きめし、海を制圧したのだ。彼らが熱狂するのも無理はなかった。


だが、艦橋の一隅――海上自衛隊の時代間連絡班が陣取る机の周囲だけは、氷のような冷気と、静かに響くキーボードの打鍵音だけが冷たく響いていた。

情報幕僚・山名三尉は、歓喜に沸く大和の士官たちに目もくれず、手元の端末に表示された「護衛艦隊残弾・燃料データ」を凝視していた。

有賀が、静かに山名の背後へと歩み寄る。

「山名三尉。貴官らの顔には、勝ち戦の喜びが欠片も見えぬな」

「……勝ったわけではありませんから」

山名は感情を押し殺した声で、モニターの画面を有賀に向けた。液晶画面に並ぶ棒グラフのほとんどが、限界を告げて赤く点滅している。

「米軍は壊滅したのではなく、戦術的な再編のために一時退却したに過ぎません。これに対し、我が護衛艦隊は――完全に『牙』を失いました」


山名は冷徹に数値を読み上げた。

「『まや』の長射程対空ミサイル『SM-2』は、坊ノ岬沖での迎撃と今朝の局地防空により全弾消費、残弾ゼロです。短SAM(ESSM)も残り四発。護衛艦『むらさめ』の七十六ミリ速射砲弾は残り五十発を切り、機関の損傷による速力低下は深刻です。そして何より、航空燃料(JP-5)が底をつきました。『いずも』のMQ-9Bシーガーディアンは燃料枯渇のため着艦・エンジン停止。F-35Bも再出撃に必要な燃料と油圧系部品の予備がありません。我々はもう、空からの『目』を上げることができないのです」


有賀の表情から、勝利の余韻が急速に消え去っていった。

「……目が見えなくなる、ということか」

「はい。次に来る米軍の波状攻撃に対し、我々は事前に敵を捉えることも、水平線の彼方へミサイルを放つこともできません。次に戦端が開かれれば、我々は丸裸で敵の航空網と潜水艦網に晒されます」


その時、大和の第一艦橋に海上自衛隊第4護衛隊群司令・片倉一佐が、護衛艦「いずも」から小型艇で移乗してきた。

薄汚れた戦闘服に身を包んだ片倉の目には、深い疲労と、研ぎ澄まされた冷徹な光が宿っていた。

有賀と片倉は、海図台を挟んで無言の敬礼を交わした。

「片倉司令、よくぞ来てくれた。貴隊の損耗、山名三尉から聞いた。我が大和が生き残った代わりに、貴艦らの力を使い果たさせてしまったな」

「悔いはありません、有賀艦長。大和が健在であり、米軍の上陸を一時的にせよ頓挫させた。これで、歴史は史実の破滅から大きく外れました」

片倉は海図の上に、自ら持参した沖縄本島の地形図を広げた。


「しかし、敵は巨大な工業力を持つ米合衆国です。補給線が切れた我々とは異なり、数日、あるいは数時間後には、マリアナや周辺海域から新たな空母打撃群と爆撃機部隊が押し寄せてきます。この海域に浮かんだまま洋上戦を継続することは、全艦沈没を待つに等しい」

「では、どうする。大和を那覇の砂浜に乗り上げさせ、動かぬ陸上砲台として玉砕する約束であったが」

有賀の問いに、片倉は断固として首を横に振った。


「座礁させるのは、大和ではありません」

「何だと?」

森下副長が驚きの声を上げる。片倉は静かに、常識を覆す作戦を切り出した。

「大和は、この艦隊の最大の『戦略的脅威』です。米軍は今、目視外から正確無比に急所を撃ち抜いてくる大和の主砲を、正体不明の超兵器として恐れています。大和を狭い那覇の浅瀬に固定してしまえば、ただの航空爆撃の標的になる。大和は機動力を保ち、沖合で遊撃の姿勢を維持しなければなりません」

片倉は指先を、沖縄本島西海岸の砂浜へと置いた。

「座礁させるべきは――すでに機関を損傷し、単独航行が困難な我が護衛艦『むらさめ』、そして第二艦隊の随伴駆逐艦群です。艦を砂浜に乗り上げさせて船体を固定し、残存する対空砲火とレーダーを陸上の防御陣地と直結させる。そして本艦『いずも』もまた、北部の海岸線に固定し、動かぬ洋上要塞・航空中継基地へと変貌させる必要があります」


大和の艦橋に、静まり返るような沈黙が落ちた。

船を自ら浅瀬に乗り上げさせ、陸の要塞とする――それは、海の武人にとっては耐え難い屈辱であり、狂気の戦術に見えた。

しかし、有賀艦長はその提案の奥にある「冷徹な合理性」を理解していた。未来兵器の圧倒的な技術を持ちながらも、弾薬と燃料の限界という現実の鎖に縛られた者たちが、生き残るために絞り出した唯一の解であった。


「……動かぬ要塞と、動く巨砲か」

有賀は深く息を吐き、片倉を見据えた。

「相分かった、片倉司令。もはや我らに常識など通用せん。未来の知恵、最後まで付き合おう」


夕闇が那覇沖を覆い、血のように赤い海が次第に漆黒へと沈んでいく。

初戦の勝利という名の劇薬が消え去った後、連合艦隊の将兵たちが直面したのは、補給なき孤軍が歴史の怒涛に抗うための、さらなる過酷な持久戦への入り口であった。


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