第34章 アニメ風
沖縄、第32軍司令部の地下壕。
分厚いコンクリートに守られた作戦室の空気は、重油の匂いと緊張で満ちていた。差し迫る三つの危機――とりわけ本土への原爆投下計画への対策が、会議の中心に据えられていた。
沈黙を破ったのは片倉大佐だった。
「本土への原子爆弾投下……これを阻止する手立てについて、我々の知識をもとに提案があります」
そう言うと、携帯端末を接続し、壁の簡易モニターに世界地図を映し出す。赤い点が線で結ばれ、米本土から太平洋を横断する航路が浮かび上がった。
「原子爆弾はニューメキシコ州ロスアラモスで製造され、その主要部品は太平洋を渡ってテニアン島へ運ばれます。そこからB-29に搭載され、日本本土へ投下されるのです」
「……海路での輸送か」長参謀長が眉をひそめる。「潜水艦による攻撃の好機、ということだな」
片倉は静かに頷いた。
「史実では、原爆をテニアンまで運んだのは米海軍の重巡洋艦インディアナポリスです。そして――皮肉なことに、この艦は原爆を届けた直後、日本海軍潜水艦・伊号第五十八潜水艦、伊58の雷撃で撃沈されています」
森下副長が驚愕に目を見開いた。
「伊58が……しかし、それは原爆移送後の話ではなかったか」
「ええ。史実では、任務を果たした後でした。しかし、我々がこの時代に介入したことで歴史が変わったとしても、米軍がもっとも信頼を置く輸送手段は変わりません。重要兵器を運ぶには、高速かつ堅牢な重巡洋艦が不可欠だからです」
一瞬、作戦室に微かな光が差した。
牛島大将が鋭い眼差しを片倉に向ける。
「つまり――インディアナポリスがまだ原爆を抱えている段階で沈めれば、本土への投下そのものを阻止できると?」
「その可能性は十分にあります」片倉は力強く答えた。「そのためには、我々のそうりゅう型潜水艦と、貴官らの伊58との共同作戦が不可欠です」
神谷一佐が前に出た。
「そうりゅう型はAIPを備えており、長時間の潜航が可能です。この時代の潜水艦にはない優位性を持つ。我々がその潜航力を活かし、予想航路を先回りして待ち伏せできるでしょう」
三条律が操作すると、モニターにインディアナポリスの航路予測図と潜水艦の配置シミュレーションが浮かび上がった。
「我々の通信傍受能力とソナーなら、インディアナポリスの接近を捉えられます。ただし、そうりゅう型の魚雷残数は少ない……確実に仕留めるには、リスクが大きい」
そこで片倉が旧海軍の将校に向き直る。
「だからこそ、伊58の力が必要なのです。史実でインディアナポリスを沈めた実績がある。その経験と魚雷数を合わせれば、成功率は格段に上がる。我々が“目”となり、伊58が“牙”となる」
室内の空気が張り詰めた。前例のない潜水艦同士の連携。だが、その一手に日本の未来が懸かっていた。
牛島大将は長く息を吐き、重々しく口を開いた。
「……潜水艦同士の協働など、前代未聞だ。しかし、国家の命運がかかっている以上、選り好みしている場合ではない。伊58艦長に直ちにこの計画を伝えよ。我々は協力し、このインディアナポリスを原爆ごと太平洋の藻屑と化すのだ」
その言葉に、全員が背筋を伸ばした。
絶望に沈む会議室に、久方ぶりに「戦う意思」が蘇った瞬間だった。