物証としての大和――未来を証明する巨艦
## エピソード80 物証としての大和
昭和二十年四月二十二日、午前一時。
呉軍港外泊地、戦艦「大和」。
艦内作戦室の海図台には、二つの時代が残した記録が並べられていた。
一つは、大和側が坊ノ岬沖から沖縄海域まで書き継いだ戦闘詳報、航海日誌、砲術記録、電信受信簿。
もう一つは、「まや」から持ち込まれたタフブックに保存された戦術記録だった。
有賀幸作艦長が腕を組む。
「高梨艦長。未来の機械を見せるだけでは、東京は納得せん」
「分かっています」
高梨一佐は答えた。
「だから、機械そのものではなく、記録を照合します」
端末の画面に時系列表が表示された。
四月七日。
米艦載機接近。
方位、概略高度、編隊規模。
「まや」がレーダーで捕捉した時刻。
その情報が大和へ伝達された時刻。
そして、大和側が目視で敵機を確認した時刻。
高梨は隣に置かれた大和の戦闘詳報を開いた。
「ここです」
旧海軍側の参謀が紙面を覗き込む。
未来艦の記録と、大和砲術科が戦闘中に独立して記録した時刻。
完全に一致しているわけではない。
時計誤差、伝令の遅延、各部署の記録時点の違いがある。
だが順序は一致していた。
「敵を目視する前に……“まや”は接近方向を知っていた」
「レーダーです」
高梨が答えた。
「ただし万能ではありません。地球の曲率があります。海面近くを飛ぶ目標は遠距離では見えません。電波の反射条件でも探知距離は変わる」
別の記録を表示する。
大和主砲射撃。
「まや」側から渡された目標位置。
大和側で算定した射撃諸元。
発砲時刻。
弾着観測。
「我々が弾を曲げたわけではありません」
高梨は言った。
「撃ったのは大和です。未来側が行ったのは、敵位置を従来より早く、正確に知らせたことだけです」
有賀が頷いた。
「未来の眼と、大和の砲だ」
呉側の参謀がタフブックを見つめる。
「では、この箱の中に入っている数字が、本当に戦闘前から記録されていたことを、どう証明する」
「そのための大和です」
高梨は即答した。
室内が静まる。
「我々だけが記録を持ってきたなら、後から作った偽書だと言えるでしょう。しかし大和には、我々とは別系統の電信簿、航海日誌、砲術記録がある」
高梨は二冊の記録を並べた。
「未来側と昭和側。異なる人間が、異なる機器で、戦闘中に残した記録です。それを照合する」
旧海軍の技術士官がページをめくった。
敵機接近。
変針。
対空戦闘開始。
主砲射撃。
沖縄からの離脱。
一つずつ、電子記録と紙の記録が噛み合っていく。
「……偶然では説明できん」
誰かが呟いた。
高梨は画面を切り替えた。
そこには「まや」の現在の兵装状況が表示された。
SM-2――零。
ESSM――僅少。
主砲弾――残余僅少。
主機燃料――危険域。
「もう一つ、見ていただきたいものがあります」
「何だ」
「我々の弱さです」
将校たちが高梨を見る。
「未来兵器が無敵なら、我々は沖縄から米艦隊を追い払って、そのまま戦争を続ければいい。しかし実際には、ミサイルは尽き、燃料も部品も補給できない」
高梨は淡々と言った。
「この時代の工廠では、我が艦のミサイルも電子部品も製造できません。故障すれば、それまでです」
有賀が続けた。
「つまり、大和が生きて帰ったことを、“まだ戦える証拠”と考えてはならん」
有賀は机上の戦闘詳報へ手を置いた。
「逆だ」
その声が重く響いた。
「これは、大和が本来なら死んでいた証拠だ」
誰も動かなかった。
「未来の情報がなければ、我々は坊ノ岬沖で米艦載機に捕捉され、そのまま沈められていた」
有賀は高梨を見る。
「だが彼らは、それが起きることを事前に知っていた。そして実際に、知っていた通りの敵が来た」
伊藤整一中将が静かに言った。
「大和そのものが証人になったということだ」
高梨は頷いた。
「はい」
未来から持ち込まれた写真だけなら、偽造と疑える。
電子データだけなら、理解不能な機械による欺瞞と疑える。
だが、大和は違う。
三千名近い将兵。
戦闘中に残された紙の記録。
損傷した甲板。
消費された砲弾。
沖縄まで行き、そして呉へ帰ってきた七万トンの船体。
それらすべてが、未来艦の情報と同じ出来事を記録している。
「東京へ持っていくのは、この端末だけではありません」
高梨が言った。
「大和の戦闘詳報、航海日誌、通信記録。そして伊藤長官、有賀艦長をはじめ、実際に戦場を見た者の証言です」
伊藤が静かに海図を畳んだ。
「ならば決まりだ」
全員が長官を見る。
「大和を再び戦場へ送るな」
有賀の表情が引き締まる。
「この艦は、すでに十分戦った」
伊藤は言った。
「これより大和の任務は、撃つことではない」
午前一時二十二分。
呉湾の暗い水面に、七万トンの巨艦が静かに浮かんでいた。
かつて国家最大の兵器として建造された戦艦。
その最大の価値は今、四十六センチ砲でも装甲でも速力でもなかった。
沈むはずだった艦が、生きてそこにいる。
その事実こそが、未来からもたらされた警告を裏付ける、最も巨大な「物証」となっていた。
---




